間違いだらけの自立支援(序)

介護を仕事とする人、あるいはしようとしている人たちにこれまで何人もお会いしてきたが、総じて「優しい」人が多いことに疑いの余地はない。おそらく世の中の人たちの介護従事者に対する印象も同様であろう。きっかけはどうあれ、他人様を直接的に支えることを仕事にしよう、と決めた時点で結構そもそも優しさが強い人間性を持っていると思われるのである。


そんな優しい人たちが集まって働く介護施設。さぞかし優しさに溢れた、柔らかい空気感をもった場所なのかというと、皆さんご存知のようにそうでもないのである。「バタバタ」。現場をよく表現される言葉の一つである。優しさよりも慌ただしさが際立っているかもしれない。
その中でも利用者さんたちに努めて丁寧に優しく接しようとするプロフェッショナルがいる。

ある日の老人ホームの廊下。昼食を終え皆一旦居室に戻るために移動している。全介助の方は職員がお連れし、自力で移動可能な方は杖や手すりを持って歩いたり、車いすを自力走行されたりしている。Aさんは車いすをゆっくりながら漕ぐことが出来るが、遅いのでいつも一番最後になってしまう。職員Bさんは、午前中と昼食時の様子からいつもとは違うAさんの様子を感じ取っていたので、Aさんへ声掛けした。

「大丈夫ですか?いつもはがんばってもらっているけど、今日はお部屋までお連れしましょうか」
Aさんは黙って頷き、Bさんが車いすを押して居室へ向かった。

その二人の背中を追いかけるように、食堂からいくつかの声が聞こえてきた。
職員Cさん「ダメダメ、甘えさせちゃあ。甘えるのが癖になるとホントに動けなくなるんだから!」
職員Dさん「そうそう。がんばらないと駄目よ、Aさん。あ、Bさん!下膳と口腔ケアまだ残ってるよ」
職員Eさん「時間かかっても自分で帰るのがリハビリだからね。そんなことしてたら休憩時間が減っちゃうじゃないの」

Bさんはそれらの声を背中越しに聞いて、車いすを押していた両手を離した…。

新人職員や実習生がよく出くわす場面である。利用者さんに頼まれごとをして、自分に出来ることだったので安全を十分に確認した上でやったのにダメ出しされてしまったという経験は、心の折れ具合が結構大きいのである。なぜ、ダメなのか。言われた理由は「甘やかせるから」。

僕は「楽しようとしているから」だけなら手を放してよいと思っている。この場合、言うまでもないが主語は利用者さんである。ごく一部への皮肉も込めて申し上げるが、職員が楽をしたいがために「自立」「リハビリ」というワードを持ち出す勉強家の方がいらっしゃる。前述のEさんなどはもうダダ漏れだけど(失笑)。

介護保険の理念に「自立支援」が掲げられているのはご承知の通り。そしてリハビリテーション(リハビリ)という言葉も市民権を得てもう随分になる。リハビリ=頑張る、のイメージと「残存機能活用」「廃用性症候群」などが諸々アタマの中でごちゃごちゃに混ざってはいまいか。元気高齢者を増やしたいという国策と相まって、何だか最期まで頑張りきることが唯一の「正」となってしまったのではと危惧しているのである。そしてそれをケアの方向として疑えない空気も一部にはあるのではないか。
ときには甘えてはいけないのだろうか。そもそも、甘えるっていうのはどういうことなのか。

正直、書きながら僕自身もこの「自立」「自立支援」の言葉に対して明確な軸を持たないことを感じている。しばしこのテーマで考えてみたい。今回は、あくまでもの問題提起である。

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