コナミの壁透過カメラ特許をちゃんと読んでみたら無罪だった件
特許にうるさいコナミ
ゲーム業界で最も影響があった事件の1つに、コナミがナムコに対して特許権を行使した「音楽ゲーム訴訟(音ゲー事件、ビートマニア事件、リズムゲーム訴訟とも言われる)」があります。この訴訟は1999年に提起され、2000年に和解で決着がついたのですが、日本の大手ゲーム会社同士が争った特許訴訟ということで、大きな注目を集めました。企業だけでなくゲームユーザの注目を集めたことや、他にも知財の権利行使が多いこともあって、コナミは特許にうるさい会社として認知され、アンチパテントの立場から悪く言えば特許ゴロとしての評判を確立することになります。
コナミの壁透過カメラがゲーム開発を阻害した?
ゲームユーザ視点では、コナミの特許といえば音楽ゲーム特許以外にももう一つ有名な特許があります。「壁透過カメラ特許(3Dゲームの壁際カメラ特許、壁カメラ特許などとも言われる)」です。この特許権は2016年に期間満了で失効しており、今は問題になっていませんが、失効するまではある種の影響力を持っていました。
3Dゲームではカメラワークの問題を避けて通ることはできません。特に、左アナログスティックでキャラクタ操作、右アナログスティックでカメラ操作をするアクションゲームでは、カメラワークの快適さがゲームプレイの快適さに繋がります。ところが、多くのゲームでは壁際でカメラを操作したとき、壁とカメラの接触判定によりカメラがプレイヤの意図しない挙動をしてしまって、快適さが損なわれることが頻繁にあり、ゲームユーザから改善を望まれることが度々ありました。
そのような状況において、ある頃から槍玉に上がるようになったのがコナミの「壁透過カメラ特許」です。槍玉に上がるようになった経緯は不明ですが、一部では2ch(現5ch)のスレが発祥かもしれないという意見もあります。コナミが特許を持っているから、他社はカメラワークを良い感じに工夫することができない、というわけです。この辺りの事情はコナミの特許が失効したことを伝えるねとらぼのニュースにも詳しくあります。
壁透過カメラ特許といわれる特許を読んでみる
では、本当にコナミが壁透過カメラ特許を持っていたからゲーム開発は阻害されてしまっていたのでしょうか?
本記事は上記の問いを検証するのを目的とします。今話題のファクトチェックの一種と言えるかもしれません。壁透過カメラ特許と言われているのは特許2902352です。
請求項1は以下の通りです。丸数字及び太字は私が付しました。まずはこれを元に議論を進めることにしましょう。
①プレーヤキャラクタの画像データを生成するプレーヤ画像データ生成手段と、
②仮想の三次元空間を区切る床及び壁を鳥瞰図として表現した背景の画像データを生成する背景画像データ生成手段と、
③ゲームプレーヤからの操作に従って前記プレーヤキャラクタの前記仮想の三次元空間内での位置を決定するプレーヤキャラクタ位置決定手段と、
④前記プレーヤ画像データ生成手段によって生成された前記プレーヤキャラクタの画像データを、前記プレーヤキャラクタ位置決定手段によって決定された位置に従って前記背景画像データ生成手段によって生成された前記背景の画像データに合成する画像合成手段と、
⑤前記プレーヤキャラクタ位置決定手段によって決定された前記プレーヤキャラクタの前記仮想の三次元空間内での位置が前記床又は前記壁によって隠されてしまう位置又はその近傍である場合には、このプレーヤキャラクタを隠しているかその近傍に位置する前記床又は前記壁を透過させてこの床又は壁の背後もが表示される様に、前記画像合成手段によって合成された画像データを加工する画像データ加工手段とを備えたことを特徴とするビデオゲーム装置。
鳥瞰図とは何か
ん、早速ですがちょっと引っかかる部分がありませんでしたか。①の「仮想の三次元空間を区切る床及び壁を鳥瞰図として表現した背景の画像データ」とは、一体何を指しているのでしょうか? 鳥瞰図?
デジタル大辞泉によれば、鳥瞰図とは「高所から地上を見おろしたように描いた図。市街・地形などを説明的に描くのに適する。鳥目絵(とりめえ)。俯瞰(ふかん)図。」のことだそうです。この特許を侵害と認めるには、床や壁が鳥瞰図(俯瞰図)として表現されている必要があるわけです。
特許明細書にも鳥瞰図に関する疑問を解決するヒントがあります。「背景の画像データ」は下記の図5に示されています。
図5はゲーム用語でいうところのクォータービュー(斜め視点)のゲーム画面となっているようですね。つまり、鳥瞰図とはクォータービューを含む概念ということです。先ほど確認した鳥瞰図の言葉の意味からすると、クォータービューだけではなく、平面図を斜めから見下ろす画面は鳥瞰図の概念に含まれていると考えて良いでしょう。
この時点で壁透過カメラ特許はFPS(First Person Shooting)ゲームを含まない概念となっていることがわかります。FPSゲームではプレーヤキャラクタを斜め上から見下ろす視点でプレイすることはないからです。このように特許の構成を一つ一つ確認することで、コナミ特許の本質を探っていくことにします。
TPS視点のゲームは特許侵害し得るのか?
それではTPS(Third Person Shooting)視点のゲーム、例えばモンスターハンターのようなアクションゲームが特許の範囲に含まれているのでしょうか。鳥瞰図に関して疑問を解決しただけでは、まだTPSゲームが特許の範囲に含まれているかいないかは判然としません。TPS視点のゲームにおいて、床や壁を鳥瞰図として表現しているでしょうか? 考えてみると、床や壁を鳥瞰図として表現しているような気もするし、カメラの位置が偶然的にキャラクタを斜めから見下ろすだけであって床や壁が鳥瞰図を表現しているわけではない気もします。また、TPSゲームでは、キャラクタを見下ろすだけではなく、カメラの位置によってはキャラクタを横から水平に見たり見上げることもできるからです。鳥瞰図の言葉の定義を考えれば、キャラクタを見上げて表示するゲームは特許侵害になると主張するのは難しそうな気がしますが、まだTPSゲームは特許の範囲にはないと断定はできません。
コナミ特許の透過処理
TPS視点のゲームが特許侵害し得るのかについて、もっと詳しく確認する必要がありそうですね。ヒントは⑤の段落にあります。「前記プレーヤキャラクタの前記仮想の三次元空間内での位置が前記床又は前記壁によって隠されてしまう位置又はその近傍である場合には、このプレーヤキャラクタを隠しているかその近傍に位置する前記床又は前記壁を透過させ」という部分です。わかりやすくするため、請求項の一部を書き換えてみます。
①プレーヤキャラクタの画像データを生成するプレーヤ画像データ生成手段と、
②仮想の三次元空間を区切る床及び壁を鳥瞰図として表現した背景の画像データを生成する背景画像データ生成手段と、
③ゲームプレーヤからの操作に従って前記プレーヤキャラクタの前記仮想の三次元空間内での位置を決定するプレーヤキャラクタ位置決定手段と、
④' プレーヤキャラクタの画像データを、プレーヤキャラクタの位置に従って背景の画像データに合成する画像合成手段と、
⑤' プレーヤキャラクタの位置が、床又は壁によって隠されてしまう位置又はその近傍である場合には、その床又は壁を透過させて床又は壁の背後が表示される様に、前記画像合成手段によって合成された画像データを加工する画像データ加工手段とを備えたことを特徴とするビデオゲーム装置。
④' はキャラクタ画像を背景画像に合成する、つまり背景の上にキャラクタを表示することを意味します。そして⑤' はキャラクタの位置が床又は壁に隠されてしまう位置(もしくはその近傍)の場合に、その床又は壁を透過させることです。
ここで、3Dゲームをプレイしたことのある方であれば1つ疑問が浮かぶかもしれません。この特許ではモンハンのような3Dゲームに必須のとある構成を欠いています。この特許では、請求項内でカメラの位置や向きについては一切定義していないのです。この特許はカメラの位置や向きについては一切言及することなく、キャラクタが床や壁の近傍である場合に、床や壁を透過するとしている点に注意する必要があります。
では、キャラクタが床や壁の近傍である場合に、床や壁を透過するとはどういうことでしょうか。
具体的なTPSゲームで考えてみましょう。キャラクタが壁に近づいたらその壁を透過するという概念の中には、下記画像のようにスネークが壁に張り付いた場合に、その壁を透過することまでもが含まれてしまいます。これではMGSのようなかくれんぼゲームが成り立たないことは明らかでしょう。どうやら、この特許はTPSゲームを想定したものではなさそうであるという疑念が深まる結果となりました。
先行例に潜んでいた壁透過カメラ
実は、もっと明確にこの特許がTPSゲームを排除したものであることを示す記載が、拒絶理由通知に対する意見書の中にありました。それが以下の部分です。
(3)これに対して、引用例(※編注 特開平9-50541号(セガ))には、「視点と被写体との間に物体が視点から重なって観察されるか否かを判定し、被写体と物体とが所定の重なり状態であると判定したときには物体に所定の透過処理…した仮想画像を生成し、被写体と物体とが所定の重なり状態以外の状態であると判定したときには物体の透過を行わない非透過処理した仮想画像を生成する(引用例第4欄第13行乃至第21行)」,「重なり判定は、…仮想空間内で、視点(仮想カメラ)がXZ平面に投影された点Cから、被写体であるオブジェクトがXZ平面に投影された点Rに向けられたベクトルCRと障害物Oから点Rに向けられたベクトルORとが互いに成す角度θの大きさによっている(同第10欄第20行乃至第25行)」との記載はありますが、『プレーヤキャラクタの前記仮想の三次元空間内での位置が前記床又は前記壁によって隠されてしまう位置又はその近傍である』か否かに基づいて『プレーヤキャラクタを隠しているかその近傍に位置する前記床又は前記壁を透過させ』ることについては、一切記載がありません。即ち、引用例(※編注 特開平9-50541号(セガ))に記載の発明によると、被写体が障害物の近傍にあるか否かは問題とせずに、被写体及び障害物の方向(ベクトル)の関係のみに基づいて、障害物の透過がなされるのです。従って、引用例記載の発明は、請求項1記載の全ての構成要件を備えているのではありませんので、請求項1に係る発明とは同一発明の関係にはありません。
前半部分はややわかりづらいですが、後半の太字部分に全てが要約されていますので、多少飛ばしながら読んでしまってもかまいません。この特許の拒絶理由通知で引用例として示された文献には「被写体と障害物の方向に基づいて、障害物の透過がなされる」という内容が記載されていたということです。つまり、ねとらぼの記事などで壁透過カメラ特許として紹介されていたコナミの特許は、意見書の段階で「壁透過カメラではないよ」と主張していたという事実が得られました。
コナミ特許は壁透過カメラ特許ではなかったのです!
コナミ特許は無罪だった、そして真犯人かもしれない特許
以上の通り、壁透過カメラとして評判のあったコナミの特許2902352を精査してみたところ、この特許は壁透過カメラではなかったことがわかりました。
十分な精査がされないままメディアがゲームユーザを扇動し、一部のゲームユーザもこの特許を目の敵にしていましたが、結局は冤罪だったのでしょう。いくらコナミが特許ゴロとしての評判を確立したとはいっても、こうした冤罪が発生するのはちょっとかわいそうですね。ドンマイ。
ただし、コナミ特許の冤罪が晴れたとはいえ、1つ謎が残りました。
本当に壁透過カメラ特許はなかったのか?
その答えは最後に登場した特開平9-50541号(セガ)を権利化した特許公報(特許3141737、2015年に権利失効)にあるかもしれません。この特許の話はコナミ特許とは別の話になりますし、今回はここで筆を置かせていただきます……
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