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日の目を見ない美しき人々

古都の中心街から外れた辺鄙な場所にありながらも予約が取れない人気店。その古びた小さなレストランを経営する店主は言う。
「コロナやらなんやらで自己破産寸前まで行きましたわ。今もね、こんな小さな店やさかい、儲けもしれたもんでね。せやけど、わたしにはこれしかできまへんねん。」

その日ぼくは京都で開催される、国内で脚光をあびるスタートアップやベンチャーキャピタリストたちが一同に会する大規模イベントに参加していた。
そこでは、何十億という資金を調達し、煌びやかなスポットライトを浴びて晴れやかにトークセッションを繰り広げるスタートアップ経営者たちで溢れかえっていた。

IPOを果たして時価総額数千億円を目指す世界に生きるスタートアップたちと、抱えきれないほどの札束を持って出資先を血まなこで探す投資家たち。
そして場末の古びた小さなレストランで必死に日銭を稼ぐ店主。
ひいては、生活保護者で溢れかえる貧困地域もあるという。
同じ京都という街でそんな対極に1日で対峙したぼくの脳みそはもはやカオスだ。

確固たる伝統とイノベーションの先端が共存する都市、京都。
なんと矛盾に満ちた美しく尊い街なのだろう。

店主は続ける。
「お兄さんコンサルタントいうてましたっけ?ほんなら儲かる方法教えてくれえな。」
ぼくがマッキンゼーとかボスコンとかのコンサルなら、即座に数字を叩き出して経済合理性を根拠としたキレッキレのアドバイスをしていただろうか?

「ええんちゃいますの、今のままで。」
むりくりのエセ関西弁で返した僕の言葉に、店主は笑顔とも呆れともいえない変な表情を浮かべた。

僕は田舎の大学を出て機械エンジニアからキャリアが始まり、その後は起業家として国内外で会社を作ったり、「ビジネスデザインファーム」というなんとも定義の難しい変な世界でビジネスデザイナーなるコンサルタントという自分でも未だ概念化できない複雑な世界を経て、今はいちスタートアップに属する会社員として日々平凡に生きている。(平凡とはいえそれなりに苦しんでいるけれど)

世界中を飛び回って仕事をしてたくさんのお金を稼いだかと思えば不況で仕事が減って朝4時から午後2時までトラックドライバーのバイトで日銭を稼ぎながら、夜中の12時まで社長業をやるという破天荒な人生を生きてきた。

プライベートも破天荒だ。
結婚して2人の子供に恵まれ、一軒家に住む、高級外国車に乗るという夢もとうの昔に叶えた。
しかしコロナで会社の業績が著しく低迷し、妻とのいさかいが絶えなくなり、仕事と家庭両方を失い、40手前でニートになった。

そして40代になり改めて、極めて抽象度の高い問いに対峙している。

“幸せってなんだろう。”

世間と株主たちの期待に応えるべく必死で会社の拡大に勤しみつつも日々人間的成長を得られるスタートアップ。
一方で明日のメシ代すら保証がないながらもたくさんの“いちげんさん”に支えられている場末のレストランの店主。
はたまた、日々課された仕事をこなして安定した給料をもらい平穏に暮らす会社員。
パチンコと安い酒に生きがいを見出し、ただただ自由に生きる生活保護受給者のおっさんたち。
どれが幸せなのだろう。

ぼくたちは、いやぼくは、どこへ向かうべきなのだろう。
散々他人に偉そうなアドバイスをしておきながら自分の中にいちばん重く重要な問題の解を持っていない。

普段なら、コンサルめいた口調で自分なりの思想や見解でまとめるところだが、今回はそうもいかなそうだ。

つづく

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