見出し画像

【短編小説】ノーマルレアの幸運

 ぽっかり晴れた秋の空、僕はいつも通りの日々を過ごしながら冒険の日々を思い返していた。
 ついこの間まで、僕らは草原に蔓延る魔物とか、山奥のドラゴンとかを退治していた。でも、そもそも僕とカイは村の幼馴染みで牛の世話をしたり水を汲んだり、子供たちに簡単な勉強を教えて過ごしているような普通の人だ。その日々が一変したのは、村に伝説の勇者が訪れたからだった。僕らはその勇者から直々にスカウトされた。カイは乗り気だったけど、僕は護身用に覚えた剣が役に立つとは思えなかった。その予想は見事に当たって、旅の序盤こそは戦力として役に立っていたけれど王都で剣聖やら聖女やらが仲間になってからは僕らの出番はなかった。カイは僕より槍が上手かったので護身の授業(僕らは運良く近くの学校へと通えたのだ)の成績がよかった。僕は護身の授業で星ひとつしかもらえなかったけれど、カイはふたつもらっていた。
 勇者に頼まれて戦場に出る機会はみるみるうちに減っていった。いつしかカイは姿を消していた。僕はいつ呼ばれるか分からないまま、いや、もう呼ばれない。呼ばれないと分かっている。まぁ結局、故郷で牛の世話とか水を汲んだりとか変わらぬ日々を過ごしている。
 そこに剣聖がやってきて、僕の目の前で剣を投げ捨てたのだから驚いた。何があったのか恐る恐る尋ねると、剣聖は「もう俺は必要ないんだと」と吐いた。
「魔王城の酒場で剣の魔神が加入したとか何とかでパーティ編成から外されたんだ、ただそれだけだ」
「それだけ、ですか?」
 僕がそう尋ねると、剣聖は一際大きな声を張り上げた。
「それだけ、とは何だ! 用済みだと言われたんだ、この俺が! 剣聖の俺が! 用済みだと――」
 僕は首を横に振った。
「剣聖さんは、まだ出番がありますよ」
 剣聖は目を丸くした。
「それはどういう意味だ?」
 僕が答えようとしたその瞬間、僕の前から剣聖は姿を消した。
 代わりに置かれていたのは五万ゴールドの金塊。そしてミラクルダイヤという貴重な鉱物が二十個。僕はそれを勇者専用の宝箱へと投げ入れて、また秋の空を見つめた。不要な戦力は倉庫の肥やしにするより、こうして金とアイテムに変換する方が賢い。おそらくカイも同じ末路を辿ったのだろう。僕が今もここに居られるのは、おそらく換金価値が低すぎて勇者の記憶から抜け落ちているから。
 なんせ、僕は護身の授業星ひとつの成績だ。金貨三百枚の価値しかない。剣聖なんかよりも強い究極大剣神を加入させるのに必要なミラクルダイヤももらえない。誰かが売却されるついでに金貨三百枚にされるくらいなら、僕が僕自身の手で「保護されていないキャラクターを自動で売却する機能」をこっそりオンにしておいた方がいい。
 最初の頃は、怒られると思った。
 だけど勇者は聖女が売られようが賢者が売られようが炎の村の豪傑が売られようが自動売却機能をオフにする素振りを見せなかった。僕の保護機能を解除する様子もなかった。勇者が自動売却機能に気付いていないわけでもなかった。僕にとっても、勇者にとっても、これは都合のいいシステムに他ならなかった。
 おかげで、僕はいつもと変わらない生活を取り戻せた。カイのことは残念だけれど、魔物に食われるような最期を迎えなかっただけまだよかったのかもしれない。
 僕は秋の空を眺めた。子供たちには「勇者の誘いには乗らないように」とキツく、キツく、教えている。
 これが僕にできる、唯一の戦い方だから。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)