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【短編小説】勇者のコイン探し


 一人の旅人が、小さな村に立ち寄った。そこは数百年前、魔王を退治したという勇者が生まれ育ち、旅立っていった村だった。
 あの勇者が生まれた場所、というウリを存分に生かせば村はもっと反映していただろう。しかし、村人たちはそれをよしとしなかった。どうやら勇者の謙虚な性格は村民たちの性質であったらしい。
「旅人さん、よろしければコイン探しをしてくれませんか」
 村娘がそう言った。
「コイン探し、とはいったいどういうものなんだい?」
 旅人が尋ねると、村娘は顔をリンゴのように赤くしながら答えてくれた。
「勇者様は最初、どうしてもお金がなかったんです。だから村の人たちの信頼を利用して、こっそりタンスからコインを持って行ったらしいんです」
「勇者の冒険譚は盗みから始まったと」
「でも、そのとき勇者さんが剣を買うことができていなければ……」
 旅人はなるほど、と思った。結果的に魔王退治ができたのなら、タンスの金貨なんて安いものなのだろう。
「それに冒険が終わってから、勇者さんはちゃんとみんなにコインを返したんです。ちょっと多めに」
 これを美談とするかしないかは評価が割れそうなところではあるが、勇者の人柄はなんとなく推察できる。貴重な記録だなと旅人は思った。
「だから、この村では旅人さんに勇者になってもらって、村人の住居からコインを探してもらうという風習があるんです。コインを見つけてもらえた村人には、幸運が訪れるんですよ」
「ゲン担ぎみたいなものなのかな?」
「はい!」
 村娘は元気よく返事をした。そこまで言うのなら、旅人も乗らない理由がない。
 隠されたコインは全部で十枚。これは当時の安物の剣の相場らしい。ともかく、その十枚のコインを村のタンスと緑のツボから探すのだ。
 更に、コイン探しには重要なルールが三つある。
 まず、扉のドアノブに白い布がまかれていない家には入ってはいけない。白い布のない家には、事情があって来客を上げることができないのだ。旅人が来た時にはひとつだけ白い布のないドアノブがあった。後で聞いたところによると、あの家では子猫が生まれたばかりで、母猫の気が立っているそうだ。
 そして、探していいのはタンスから二番目の引き出しと緑色のツボだけだ。これは他の場所にはあまり見られたくないものを隠しているからだ。緑色のツボに関しては、手を突っ込んでも抜けなくなる危険性がないものを村で作っている。
 そして、最後のルール。
 それを聞いたとき、旅人は思わず笑ってしまった。

 旅人はちょっと苦戦しつつも、十枚のコインを集めた。村人はたいてい畑仕事や家畜の世話に出向いているが、勇者のコイン探しが始まったと知ると、旅人の様子を見にやってきた。ご丁寧に隠し場所のヒントを教えてくれる人もいれば、ちょっと頭を使わないと分からない場所に隠して旅人の反応を楽しむ人もいた。
 旅人はすっかり楽しんで、村人たちへお礼を言った。案内を買って出てくれた村娘に、海洋都市の洒落たサンゴの髪かざりをプレゼントし、村長にはいいワインを与えた。
 さて、その様子を見ていたのは隣の村にすむ男だった。あの時代の金貨は考古学的に価値がそれなりに高く、それが十枚もあるとなれば王都で少しばかり豪遊できる。男は早速自分の村へと戻り、旅人のような恰好をして例の村の様子を伺った。あの旅人が旅立ったタイミングで、男は勇者の生まれ故郷に脚を踏み入れた。
 村娘が「最近はお客様が多いのね!」と喜ぶ。男はそれどころではなかった。
「勇者の生まれた村と聞いて、旅の途中で立ち寄ろうと決めていたんだ」
 いい感じのお世辞を交えてやれば、村娘は喜びを隠さない。
「コイン探しをしませんか?」
 だから、その言葉が出てくるのも当然の摂理と言えよう。男は半ばルールを聞き流していた。タンスの二番目の引き出しと、緑のツボを探せばいいだけの話だ。
 男はさっさと金貨を探し当てて、そのまま走って村を出て行った。
 村娘の顔色がさっと青くなる。
「待って、コイン――」
 彼女が甲高い声で叫んでも、男は足を止めなかった。
「へっ、このコインは俺のもんだ!」
 男は袋の中で、チャリンチャリンと君のいい音を立てるコインに思いを馳せた。早速王都の銀行で換金してもらおう。なんせこれは古い金貨だ。そのままでは店で使えない。
 男は一度村に戻り、余所行きの服を引っ張り出した。紫色のスーツは数年前の流行だが、別におかしな恰好ではないと男は思う。そこに黄色のシャツと赤いネクタイを合わせれば完璧だ。男は普段は全く使わないステッキを小気味よく振り回しながら、王都の銀行についた。ここに来る途中、なんだかおかしな視線を感じたが、男にとってそれは些細な問題だった。尤も、彼の服装はもうずいぶんと昔の流行だったので、流行の最先端を行く王都の街中では男が悪目立ちするのも当然だったと言えよう。
 銀行に入るや否や、男は空いているカウンターに袋を置いた。若い行員が「ご用件は?」と尋ねてきたので、男は少し気取った言い方でその問いに答えた。
「このコインを換金してほしいんですが」
 銀行員は袋を受け取り、中身を手に取った瞬間大声で笑いだした。
 何がおかしいのだろうか。もしかしたら、このコインを見るのは初めてだったのかもしれない。なんせ男の担当は若い行員だ。数百年前の貨幣を知らない可能性だってある。
「お客様、こちらは鉄とインクで作られた偽物です」
 男は目を丸くした。
「このコイン、勇者の村のコイン探しで使われるコインですよね」
 顔が一気に熱くなり、喉が渇いていく。冷や汗をぬぐおうとしてステッキを落としてしまったがもうそれどころではない。
「たまにいるんですよ。『コインはあくまでニセモノなので、街などで使わないこと』っていうルールを聞かずに、慌てて換金しにやってくるおっちょこちょいが」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)