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【短編小説】エス・エス・アールがでないので

「勇者様、助けてください! 村に魔物が……」
 息を切らせた私に勇者は無言のままだった。代わりに彼の傍に居た女性が口を開く。
「あ、どうやら村人が襲われているみたいよ。助けに行きましょう!」
「お願いします。勇者様、私はフィーネと申します。未熟ですが、杖の心得があります!」
「フィーネ、ありがとう。私はクロス。そしてこっちはあよ。よろしくね」
 私は少し考え込んでしまった。あ、というのがこの男性の名前らしい。となると、先ほどの女性の「何かに気づきました」という態度は私の解釈が間違っていたという話になる。彼女は勇者に呼びかけたのだ。「あ」という名前を使って。
 勇者様は強かった。私の杖の回復なんて入らないくらいに。同行する女性も魔法を使って、遠くの敵をバンバン倒していた。私の力なんていらないだろうに、それでも女性は「フィーネ、アナタの力が必要よ」なんていうから、私は勇者様についていくことにした。「あ」さんは無言のままだったけれど、クロスさんはやたら私たちの村に詳しかった。魔物のことにも、戦闘のことにも。私たちは魔物を退治したという報告のために酒場へと向かった。クロスさんが戦力を増やしたいと言い出したのはその時だ。
「今なら無料でスカウトができるみたいよ。さあ、やってみて」
 私は少しワクワクした。確かにこの村には戦闘の心得がある人たちがたくさんいる。勇者様と冒険にいくのなら、見知った顔が何人か居る方が心強い。勇者様は十回のスカウトで八人の仲間を連れてきた。図書館の管理をしているウィズ先生。お医者様のカーリー先生。やんちゃな冒険家カンタ。炎の剣士フレイム。みんなみんな、私のよく知っている人たちだった。それ以外のメンバーは私と面識のない人たちだったけど、悪いヒトではなさそうだった。
「さあ、このメンバーで世界を救う旅を始めましょう!」
 クロスさんがそう告げた瞬間だった。
 世界が止まる。
 ――暗転。
 本当に暗転、としか言い様がなかった。勇者はどこかへ去っていく。私の記憶も途切れていく。村もみんなも、全て全てなかったモノとして扱われ始める……。
 私は走った。走り続けた。こんな暗闇に呑まれて死ぬなんてゴメンだ。勇者様はどこにいったの? クロスさんの腕が落ちているのが見えた。先生は? カンタくんは? これは誰のせいなのだろう。魔物が引き起こした事象ではないということくらい想像がつく。でも、だって、仮にこの予想が正しいとしたら。
 そんなの、そんなの……。

 目を覚ました私は、走り続けていた。村から一直線に伸びる道をその通りに走っていた。ここは街道だ。人を探しにいくのなら此処を走った方がいい。遠くに人影が見える。剣を持った男性と本を持った女性だ。
 噂を聞いたことがある。剣を使う勇者と魔法を使う女性の二人組。
 私は、少し血の味を覚えながら、可能な限り大声を張り上げた。
「勇者様、助けてください! 村に魔物が……」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)