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【短編小説】見栄を張る #1

 数日前。
 商業都市アルシュ。ギルド本部。
 ギルドからの緊急招集によって呼び出された魔物退治屋たちは、ニリーア自治領の領主代理・スミスの話を聞いていた。曰く、自治領内にドラゴンが住み着いた。詳しいことは分からないが、魔物退治屋で合同討伐隊を結成してドラゴンを退治してほしい。
 報酬は一人につき銀貨千五百枚。ドラゴン退治においては破格の設定。ドラゴンと一口に言っても伝承の邪竜からトカゲに羽が生えた程度のものまで様々だ。それだというのに、
「ドラゴンに関する具体的な情報は何一つとしてありません」
 ――このありさまだ。
 スミスは落ち着いた雰囲気を纏う初老の老人で、美しく仕立て上げられた燕尾服がとてもよく似合っていた。そんな彼の依頼であればなんとなく信用できてしまう気がする。が、それを許さない者がいた。
 アルシュのギルド受付担当、シノはスミスから受け取った依頼申請書を見るや否や、怒りに顔を赤くした。
「こんなに『UNKNOWN不明』が並ぶ依頼書なんて受理できるわけないじゃない! それに、大規模な討伐隊を組まないとならないドラゴン退治なんて騎士団に任せればいいでしょ!」
 血相を変えて怒鳴るシノの言い分ももっともだ。しかしスミスは背筋をピンと伸ばし、ひるむことなく言い放った。
「騎士団も自警団も頼れないからここに来ています」
「だからって……!」
「大丈夫だよ、俺たちも伊達に死線を潜り抜けてないんだから」
 魔物退治屋の一人が声を張ると、何人かが頷いた。
「根こそぎ持っていかれるとこっちが困るの!」
「ふむ」
 スミスは掲示板に貼られた依頼書を見ながら、ほほほと景気のいい笑い声をあげた。
「畑のダイコンの一本や二本、ひとまず魔物に食わせてやればいいでしょう。我が領地に住み着いたドラゴンがもしもアルシュに下ってきたら……そんなことを言っている場合ではなくなります」
 シノが歯を食いしばったそのとき、ラスターが手を挙げた。
「ギルド所属の退治屋全員かき集めないといけないくらいのドラゴンなのか?」
 椅子にふんぞり返っているラスターに、スミスは怯まず答えた。
「ええ。領民は怯えています」
「あんた、さっきドラゴンに関しては何も情報がないって言ってたよな?」
「…………」
 その場にいた全員がラスターを見て、スミスを見た。
「どこから判断した? 大きさだけで危険性を覚えたならまず偵察依頼を出すはずだ。いくらあんたの領主サマが金持ちだからって、害があるかないか分からないドラゴンの退治にここまで金をかける意味はない」
 スミスは柔らかな笑顔を浮かべたまま、何も言わない。ラスターは更に続けた。
「あんた、何か隠してるだろ?」
「我々が何かを隠していたとしても、あなた方に他の選択肢はないと思いますよ」
 強気なスミスの態度ももっともだ。ドラゴンがニリーア自治領から南下し、商業都市で暴れまわればダイコン数本の被害にどうこう言っている場合ではなくなる。しかし、ドラゴンが商業都市で暴れまわる可能性はゼロでもなければ、百でもなかった。事実、現時点でニリーア自治領には被害が出ていない。
 全員が依頼を断ることができていれば、もう少しなんとかなっていたかもしれない。しかし「トカゲに毛が生えたレベルのドラゴンを倒して銀貨千五百枚」という賭け。金に目がくらんだ数人が乗れば、彼らを心配する連中もついていく。ノアも迷った。シノが顔を青くする。彼女が何か魔術を発動させる前に、スミスの視線がノアをとらえた。
「あなたはもしや、カルロス・ヴィダル様のご子息では?」
 ……初級魔法ひとつで王都の騎士団を壊滅させた大賢者の名は、ドラゴン退治に向かう連中の士気を上げた。
「あなた様がきてくれれば、何の心配もいらないでしょうね」
 やられた、とノアは思った。時々自分の立場を忘れてしまうのは何とかした方がいい。昔は人間関係にあまり恵まれていなかったがためにそうそうなかったのだが、今はラスターやコバルト、アングイス、シノがあまりにも「普通に」ノアと接してくれるので、自分が「あの大賢者カルロス・ヴィダルの息子」であることを意識しないことが増えていた。
 ここでノアが依頼を断れば、彼らからの信頼を失うことにもなる。
「え、嘘だろ。ノア行くの? 俺は嫌だぞー。死にたくないぞー」
 機転を利かせたラスターが汚名をかぶろうとする。彼がどうしても行きたくないというので、という逃げ道は「盗賊風情がドラゴン退治に来たところで意味がない」というスミスの一言で千切れた。
 こうして、ギルド登録をしている手練れの魔物退治屋、現時点で依頼を受けていない面々……総勢五十八名がニリーア自治領に向かうことになったのである。
 自治領側の情報収集ですらうまくいっていないというのに、こちら側の情報収集がうまくいくわけもない。ラスターはコバルトに協力を要請したようだが、それでも手に入ったのは「ニリーア自治領が情報統制をしている」という絶望のみ。
「もしもお前さんたちがニリーアから帰ってこなかったら、俺がニリーアを滅ぼしてやるよ」
 コバルトのジョークを、ノアは笑えなかった。彼の目は本気だった。情報操作、銃の腕前、暗殺者としての経験――小さな自治領ひとつ滅ぼすくらい、彼にとっては容易なのだろう。
「だったら俺とノアの墓は隣同士がいいな。見晴らしのいいところ空いてただろ? そこに作ってくれよ」
 だから、ジョークを返したラスターのことを、ノアはちょっとだけ尊敬した。
 ……行くと決めたのであれば、生きて帰る。例え死ぬことになったとしても、ラスターだけは死なせたくない。そんなことを考えて、ふと巨大ワーム退治のことを思い出した。
 立場が逆になったら、きっと引き合いに出されるだろう。


To be continued



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)