【短編小説】辛い男たち
ある男は辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に棒を一本足すと、幸せという字になるんだ」
男は「なるほど」と納得して、その棒を探し始めた。
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に一本足すと、幸せという字になるんだ」
男はその意味を理解できなかった。
「辛いという字はね……」
だから男は文字を教えるところから始めた。文字を教わった男は、悲しげな顔をして言った。
「では、その棒とやらはどこにあるのですか?」
すると相手はニコニコ笑って、自分の棒を半分に折って男に手渡したのであった。
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に棒を一本足すと、幸せという字になるんだ」
それを聞いた男は相手をボコボコにぶん殴って、棒を奪っていった。
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に一本足すと、幸せという字になるんだ」
男は「ではその棒はどこから持ってくるのですか」と問いかけた。すると相手はほくそ笑み、遠くの人影を指し示した。
「あの辺の連中からかっぱらえばいいのさ!」
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に棒を一本足すと、幸せという字になるんだ」
そう言いながら男は「辛い」という文字をじろじろと見ていたが、すぐに肩をすくめて馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「なんだ。君の『辛い』には、小さいけど確かな横棒がついているじゃないか。ダメだよこんなことで辛いなんて言ったら……他の『辛い』人たちに失礼だろ」
ある男は辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に棒を一本足すと、幸せという字になるんだ」
それを聞いた男は自分の不幸な境遇をぽつぽつ語りだした。なぜならこの男は、自分の苦しみに寄り添ってくれた初めての相手だったからだ。
最初の方こそ、優しく寄り添って、うんうんと頷きながら話を聞いていた男は、次第に顔をしかめて、そして冷たく言い放った。
「それはどう考えても貴方が悪い。そうなるのも当然の末路だ」
長い説教に、男はじっと耐えていた。説教が終わって男が遠くへ去っていき、姿が見えなくなる。すると説教を聞いていた男はその場に倒れ、二度と起き上がらなかった。
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に一本足すと――」
言い切る前に、男はボコボコにぶん殴られて死んでしまった。
「きれい事なんていらねぇんだよ! 俺は辛いんだ!!」
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「俺の方が辛いんだ! クソッタレ!!」
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「あなたの普段の行いが悪いせいでは?」
ある男は辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「だったら、さっさと死ねばいいのに」
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきた、そのときだった。
「あー! 誰か俺に棒を分けてくれねぇかなぁ!!」
男は彼を無視した。
ある男も辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「辛いという字に一本足すと、幸せという字になるんだ」
そう言って男は辛い男をボコボコにぶん殴って殺し、彼の「辛い」から棒を一本奪って去っていった。
「願いが叶ってよかったね」
ある男は辛かった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「いやー、あなた辛そうですね! あなたみたいな人を見ると私はなんて幸せなんだろうって思うんですよ!」
ある男は辛くなった。かつてのような幸せはどこかに消え失せてしまった。いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。するとそこに別の男がやってきて言った。
「あなたが教えてくれました」
彼はニコニコ笑って、自分の棒を半分に折って男に手渡したのであった。
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)