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【短編小説】殺せるものなら、と

「ちょっと男子! 真面目にやって!」
 最早名物怒号となってしまった声が案の定響く。野球部員等運動部の男性陣は肩をすくめて、仕方なく向き直った。指揮者としてクラスをまとめ上げようと躍起になっている中村の「部の練習したけりゃさっさと私の言うことを聞け」と言わんばかりの態度に、私は心底同情していた。大会が近いのにくっだらない歌にリソースを割くのが馬鹿馬鹿しいと思うのなら、さっさと真面目に一曲歌えばいいだけなのだから。
 中村は大袈裟に「スッ」と構えて、ゆったりとリズムと刻み始めた。教室にピアノはないので音を奏でるのはCDの録音だ。
「みんなでえーうたおーおおー」
 男性陣がテキトーに声さえ出せば中村は満足する。満足する、といっても顔には不満が溢れている。そりゃ男性陣の大半が不真面目に歌ってたらそんな顔にもなる。
 というようなことが何日も続いたので、中村はついに何も言わなくなった。部活に行きたい人は行けばいいと言う中村も中村だが、それに「やったあ!」とか言って部活に行くバカもバカだ。真面目にやってた私たちもなんだかアホらしくなって、殆どテノールの聞こえないマイバラードを歌った。それでも一年E組だけがポンコツみたいな合唱を披露するのは癪だった。私はありったけの声量でソプラノを歌いきる。中村は私にとても感謝して、同時に謝罪も投げてきた。
「私が上手くまとめられたら、よかったんだけどね……」
 ――ごもっともだ。
「でも、ついてきてくれてありがとう」
 私はその時の中村の後ろ姿が忘れられない。おそらく彼女も私と同じく負けず嫌いで、引くに引けず、もうやけっぱちになりながら立ち続けていたのだろう。私はそんな中村を見捨てることができなかった。
 結論を言うと、合唱コンクールは無事終わった。優秀賞や最優秀賞の発表前に、ベストピアニスト賞とベストコンダクター賞の発表がある。ピアニスト賞はB組の男子が選ばれていたが、コンダクター賞はなんと中村が選ばれた。勿論、不真面目な連中が大半を占めていた私たちの合唱そのものはなんらかの賞を得ることは無かったが、ベストコンダクター賞にクラスは沸いた。
 コンクール後、教室に戻り席に着いてからも、まともに歌いもしなかった男子たちまでわいのわいのと喜んでるのを見ると私は何だか都合の良い生き物を動物園で見ているような気分になった。都合の良い生き物。ヒト科ヒト属。とかそんな感じで。
 中村は、黙っていた。誰かが、教室に賞状とトロフィーを飾ろうと言い出した。
「みんなで取った賞だからな!」
 調子のいい男子たちがそれに賛同したとき、中村は力強く机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「……少なくともお前らは入ってないッ!」
 その絞り出された憤怒に教室はしんと静まりかえった。私はその静寂を、つい先程体育館で聴いていた。合唱が始まる前の、鬼気迫った指揮者の熱意は聴衆の呼吸音すら許さぬ心づもりだった。私はそれを知っていた。中村は、最早私たち合唱担当に興味は無かった。彼女は自分を見捨てた連中を見返すために指揮棒を握りしめていたのだ。それは身内を殺された復讐鬼が仇討ちに凶器を構える様に似ていて、第三者の私は映画を見るかのようにしてその光景を眺めていた。指揮棒が振り下ろされ、ピアノの音が響き、再度指揮棒が強烈に振り下ろされたそのとき、私は悲鳴の代わりに歌い出しの音を叫んでいたのだ。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)