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【ショートショート】木に登った後【チョロいの、くさび】

   木に登った後

「チョロいの、楔」
 薪が嘲笑を込めてそう言ったのを、金槌は覚えている。
「ちょっとおだてればすぐ動くから」
 だから金槌は楔をおだてた。
「君って釘より鋭くて強いんだね」「君にかかれば鉄だって真っ二つ!」「最高!」といった具合に。
 楔、最初こそおどおどしていたものの、畳み掛けられる褒め言葉にあっという間に絆された。
「私、ちょっと行ってきますね」
 金槌はほっと息をついた。
「すごい口説き方だね」
 工具箱のノコギリが目を丸くしていた。
「口説き方?」金槌は首をかしげた。
「そう聞こえたんだけど、違うの?」
「違うよ!」金槌は慌てた。「楔をおだてて、仕事をするように仕向けただけ」
 ノコギリの視線が遠くに向けられる。それは金槌の後ろのもっと向こう。金槌は振り向いた。満面の笑みの楔が走ってくる。手には婚姻届。指輪らしきものの輝きも見える。
 金槌は逃げた。楔は追いかけた。ノコギリはあくびをして、そのままのんきに寝始めた。


 毎週ショートショートnote
 お題「チョロいの、くさび」
 文字数403字

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)