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【短編小説】自戒

「こんにちは、私は願いの女神です。あなたの願いを一つだけ叶えてあげましょう」
 そんなことを突然言われて、「はぁそうですか」と納得できる輩はどのくらいいるのだろうか。Rは目をぱちくりさせながら、自分の頭上に輝く女神を見つめていた。
「さあ、人の子よ。願いを言いなさい」
 しかし、ここで「どうして私に?」とか口走れば、折角の「願いをかなえてくれるチャンス」が立ち消えになってしまう。Rはそういった失敗をいくつも見てきた。先人と同じ轍を踏むわけにはいかない。ここは素直に願いを言うべきだ。例えこれが嘘であろうが、夢であろうが、ドッキリであろうが構わない。Rは小さく息を吸って、大きな声で告げた。
「私の友人にYという人がいるんですが、彼女の妹をYの過失で死なせてください」
 Yは、Rの元・友人だ。自他ともに厳しい生真面目な性格ではあるが、自分の価値観を他人に押し付けるのが玉に瑕であった。同棲するわけでもないのに「部屋が汚い人とは友達になりたくない」だの「嫌いだからって食べ物を残す人は育ちを疑う」だの暴言ボキャブラリーはとても豊か。もしも「人を傷つける言葉の文例集」の編纂業務があれば、彼女以上の適任者はいないだろう。最近ではアレルギー持ちの同級生に「アレルギーとか言って本当は食わず嫌いなんじゃないの?」という暴行をかましていた。
 友人と言っても好きでつるんでいるわけではなく、苗字が偶然一致しているが故に出席番号順で並べられると常に前後の席になる。必然的につるむ機会も増える。不幸なことにRは人並みに整理整頓が好きだったので、Yの地雷を踏むことはなかったのだ。
 女神の動きが止まった。しばしの沈黙の後、女神はRに問うた。
「……理由を聞いても構いませんか?」
「Yが不幸になるところを見たいからです」
 Rは女神の問いに素直に答えた。こういうところで嘘をついてもいいことはない。そうやって斧を失った木こりの物語を知っている。
「おお、人の子よ。他人の不幸より自分の幸福を望みなさい」
「女神様、ちょっと聞いてください。Yはですね、母子家庭で弟の世話に忙しい私に対して『身なりに気を使いなさいよ、汚い』『これだから片親は……』って言ったんですよ。これが食べこぼしの跡とかならわかりますが、服にはほんの少しのシワがついていただけなんです。アイロンをかける時間がどうしてもなかったので、シワつきのブラウスを着ていっただけなんです。人への思いやりに欠けた彼女に私たちは常に傷つけられてきました。これはYに対する復讐です」
 女神は少し考えた。多少納得したようだった。しかし、「分かりました」とは言わなかった。
「それでは、なぜ、Yの妹を殺せと言うのですか。どうして自らの幸福を願わないのですか」
「YにとってY自身の死よりもつらいことだからです。そして、自分のせいで最愛の妹を失ったYがビイビイ泣いているところを見ることが、今の私にとって一番の幸せだからです」
 女神は納得した。
「そこまで言うのなら、私はあなたの願いを叶えましょう。しかし覚えておきなさい、人の子よ。あなたがだれかの不幸を願うとき、別のだれかがあなたの不幸を願っているのですよ」
「ありがとうございます、女神様」

 一週間後、Yの妹は本当に死んだ。交通事故だった。Yの妹はYの運転していた車の助手席に座っていた。幸いにしてY本人は無傷だったが、Yの妹は見るも無残なことになっていたという。
 Rは友人たちと一緒に葬式に出た。みんな最初は参列しない予定だったらしいが、「Yが運転を誤ったせいで」と聞くや否や我先にと喪服を用意し慌ててやってきた。人のことを言える立場にないが、どいつもこいつも性根が腐っている。
 Yは妙に晴れやかな顔をしていた。友人のAが理由を尋ねた。
「即死だったらしくて安心したの。事故で死んじゃったのは悲しいけれど、苦しまずに済んだのが唯一の救いかなって」
 Rは女神の言葉を思い出した。
 ――だれかが私の不幸を願っている。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)