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【短編小説】神絵師のうつわ

 ある日、N子のもとにイラストSNSからの通知がやってきた。

 ――あなたのイラストがデイリーランキングの七位にランクインしました。

 あふれ出る喜びをかみしめながら、N子はペケッターにお知らせの投稿を投げる。
「先日のイラストがデイリーランキングに掲載されました、ありがとうございます!」という、ありきたりな投稿。それでもポコポコと通知が鳴りやまない。N子の口元は気味が悪いくらいに歪んだ。
「おめでとうございます!」
「わー、やっぱり! この絵すごく好き」
 祝福のメッセージがちらほらと届き始めるが、一方でこんな声も届いた。
「おっ、と思ってみたけどやっぱりAIイラストか」
「AIイラストなら仕方ないな。背景雑なのも納得」
 ふん、とN子は鼻を鳴らした。勝手に言ってろ、としか思えない。N子はAI絵師だ。イラスト生成ツールで何十、何百のイラストを生成し、その中で最も出来が良いものに手を加えて投稿している。AIイラストはまだまだ発展途上の技術なので、いくつか苦手な項目がある。そのうちの一つが「手」だ。しかしN子はもともとそれなりにイラストを描いていたので、そのあたりの修正くらいならお手の物。結果、より一層完成度の高いAIイラストができる、というわけだ。それは世間でも案外評価された。その結果がこのデイリーランキングだ。
 このお知らせ以降、N子の絵は頻繁にデイリーランキングに掲載されるようになった。ランキング一桁台にいるのならもう神絵師の仲間入りと言っていいだろう。いい時代になった。いいイラストが描けなくても神絵師になれる時代がやってきた。N子のモチベーションは今までにない高まり方をして、次から次へと作品を生成した。
「最近、ランキングにいっぱいお邪魔しています。みなさんの応援のおかげです」
 というお礼の言葉も忘れない。N子は心がスカッとした。絵師の醜い嫉妬をぶつけられても「自分はランキング上位の絵師」という自信がN子を強くしている。ずるい、と思うのならAIイラストを始めればいいのに、と思う。くだらないプライドでAIに触らないのはそっちだ。AIイラストはすべてにおいて平等なのだから。とはいえ、せっかく素材・・を提供してくれる絵師様の機嫌を損ねるわけにはいかない。言いたいことはいろいろあるが、うるさいやつはミュートに限る。あとは一生虚空に暴言を吐いていればいい。
 自分ははふんぞり返って、AIイラストを作っていればいい。私は神絵師なんだ。高みに到達した。N子に恐れるものはない。なかったはずなのだ。

 ――あなたのイラストがデイリーランキングの三十八位にランクインしました。

 この前の通知に、N子の頭はフリーズした。デイリーランキングの三十八位。こんなに酷い・・数字を最後に取ったのはいつだっただろうか。手を抜いたということは決してない。いつだって最高のイラストを出力していたはずだ。N子は慌ててランキングを見た。上位層の顔ぶれはそう変わっていない。時々N子と同じ同業者がいるが、逆に言えばそれまでだ。
「デイリーランキングにお邪魔しています。ありがとうございます」
 三十八位という無様な数字を出すわけにもいかず、N子は順位を隠してペケッターに投稿した。フォロワーからは「わーすごい、おめでとうございます!」「N子さんの絵だいすきです」というメッセージが届く。N子はイラついた。思わず机をたたいてしまった。
「何がすごいっていうんだよ、私は神絵師なんだぞ! デイリーランキングの上位層にいたのに……お前ら数字よく見てるのか!? 三十八位なんだぞ! 私のファンなら私を高みに連れてけよ!」
 次こそはもっとすごい絵を作らなければならない。生成AIに指示を繰り返し、渾身の一枚を修正。次こそはこれで返り咲いてやると思った矢先、N子は嫌なものを見てしまった。
 ――被お気に入りの減少である。
 気のせいではない。明らかに減っている。一の位の数字がちょこまかと変わるところまでは覚えていられないが、それ以上となればさすがに気づいてしまう。
「え、待って……だってこの前まで」
 自分をお気に入りにしているユーザー一覧を見ても、誰が外したのかはわからない。自分がお気に入りに入れているユーザーはみな相互にお気に入りを付けているが、その人たちは外していなかった。
「くそったれが……」
 N子は半ばやけくそになりながら、やはりAIイラストを生成し始めた。こうなったら更新頻度を上げるしかない。自分をお気に入りから外した連中をぎゃふんといわせるしかない。もう一度デイリーランキングの上位に掲載されれば、被お気に入りの数も元に戻るはずだ。
 ほとんど毎日更新だった。次々とデイリーランキングの通知も来た。だがすべて二桁だった。最も善戦した作品ですら十五位が限度だった。
 みるみるうちに順位が下がる。順位が下がれば評価も下がる。N子はディスプレイの前で爪を噛んだ。硬い皮膚の臭いが鼻の奥をついた。
「分からず屋どもめ! 私は神絵師なんだぞ! 私のファンならさっさと作品に評価とブックマークしろ!」
 ふと、N子はランキング上位の作品を見た。有名イラストレーターの作品のほか、N子と同じAI絵師の作品もある。有名イラストレーターの絵はともかく、AI絵師の作品にN子は憤りを覚えた。自分とほぼ変わり映えのしない作品だ。プロフィールを見ても明らかに序列は自分より下。
「なんでこんな奴の作品が評価されて、私の作品は評価されないんだ? やっぱり流行りのアニメを題材にしているからなのか?」
 ガジガジになった爪をなでながら、N子はAIイラスト生成ツールを起動した。
 特に思い入れのない、ちょっとオープニング動画を見ただけのアニメキャラを生成する。人気キャラならばAIも情報不足にあえぐことはないだろう。キャプションに「友人に頼まれて制作したものです」とつけておけば何か言われる心配もない。
 出力された作品にN子は満足だった。指の本数が多いのと、背景に描かれた看板の文字を直せば完璧だ。これでいい。キャライメージを崩さず、それどころか世間一般の解釈と一致した完璧な作品だ。N子は世間に対する最高傑作を投稿してその日は眠りについた。翌日にはデイリーランキングのお知らせが届いているはずだ。
 一応、という用心深さをもってN子はイラストSNSを一日寝かせた。ペケッターでは「今日はいろいろバタバタして忙しい予感」という保険を投稿。「遅くなりましたがランキングありがとうございました!」という文言は、結果的に出番がなかった。

 一日ぶりに開いたイラストSNSに運営からのメッセージはなかった。

 ユーザーからのコメントは届いている。いつものように温かい文言が大半だが、たまにアンチからの攻撃もやってくる。
「最近同じのばっかりでマンネリ化してきたな」
「AIイラストって出力が迅速だからアイディアが枯渇しやすいらしい」
 だが運営からの通知はない。デイリーランキングにN子の姿はない。流行りにしっぽを振った作品だったからなのだろうか? いや違う。その前からずっと兆候は見えていたはずだ。
「あ、……」
 はは、とN子は力なく笑った。
「いやだなぁ、××運営め。私たちにデイリーランキングの通知を送り忘れてるなんて。きっとペケッターで運営ちゃんがぼろくそに叩かれて……」
 アプリを開く。
 みんな楽しそうにさまざまな話題を投げている。
 そこに運営への文句は書かれていない。
 トレンドワードを開いても今朝のアニメの話題で持ち切りだ。
「…………」
 N子は机を叩いた。外でカラスの声がした。
「お前ら何のんきに呟いてるんだよ!」
 モンエナの空き缶が跳ねて床を転がる。わずかに残っていた中身がカーペットにシミを作った。
「私がランキング落ちしたんだぞ! もっと誠心誠意応援して宣伝しろよ! アニメ見てる場合じゃねぇだろうがゴミカス!」
 画面に向かって怒鳴ったところでユーザーが気づくわけがない。一人が何の気なしにアニメの感想を投げた。主人公とともに行動してきた仲間が彼を裏切り、全知全能の神の力を独占したのが前回。そして今日放送された最新話で、元仲間は神の力に耐えきれず体が塵と化してしまった。
「結局、実力も中身も神の器じゃなかったってことだね」
 その感想だ。他意はない。彼のフォロワーが共感したのかいいねを投げる。ハートの周りに数字が増える。
 N子は思わず怒鳴った。
「×ね!!」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)