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【短編小説】優しさというものは

 K氏は友人のN氏と一緒にX公園の散歩道を歩いていた。
「いやあ、あの時は本当にすまなかった」
 K氏が額の汗をハンケチで拭いながらそんなことを言うと、N氏は「もう気にするな」と言って笑った。
「君も色々と反省して、すっかり心を入れ替えたのだろう」
「あの時の私は、優しさに甘えてよいものだと勘違いをしていたからね。顔から火が出る思いだよ」
「ははは。昔の君は随分と尖っていたクセに、自分が攻撃に晒されるとわあわあ騒ぎ立てて……あまりにも幼かったからね。私も呆れていたのは事実だ」
 K氏は顔を赤くした。
 X公園は海に面した自然豊かな公園で、散歩道もちょっと軽い運動がてらに歩けるコースもあれば、がっつり有酸素運動をしたい人向けのコースもあり、N氏とK氏が歩いていたのは後者であった。とはいえ、ペースをゆったりとしたものにすれば会話しながらの散歩も可能であり、二人は笑いながら崖沿いを歩いていった。
「私はねぇ、君に色々言われてから、優しさについて考えたんだよ」
 にこにこと人のよい笑顔で語るK氏にN氏は頷いた。
「私は優しさというものは、相手を思いやり、理解はせずとも共感をするときの姿勢だと思っていたが、そうではないのだと気がついたよ」
「随分と気づくのが遅かったが、気がつかないよりはマシだねぇ」
「ははは、耳が痛い」
 ぱっとしない天気のせいなのか、崖沿いを歩く人の姿は二人の他にはない。N氏とK氏は笑いながら展望台の方へと歩いていった。
 ふと、K氏が足を止めた。崖下を覗き込んで動かなくなる。N氏は数メートル先まで歩いた辺りでK氏の異変に気がつき、来た道を戻った。
 雨雲が重く垂れ込める。崖下では冬の海がその身体を岩壁にぶつけている。K氏は荒れ狂う海を見つめたまま動かず、N氏が「どうした?」と言っても一点を指さすだけで答えない。N氏は「どれ……」と身を乗り出し、K氏はその身体を支えた。
「…………」
 波が高く上がっている。K氏は拍子抜けした。やはりN氏の言っていたことは正しかった。優しさというものは人に寄り添うためのものではなく、相手の油断を誘うためのもの。弱り切った人を深く傷つけるための武器であり、その首を落とすための手段。
 実際、しおらしく反省したそぶりを見せ、ニコニコと優しく接したK氏にN氏は気を許していた。
 ……あの様子なら、崖から突き落とされたことに気がつかないまま死んだかもしれない。
 高く上がる波を見つめながら、K氏はほっと息をついた。N氏の言うことは正しかった……。こんなに上手く事が運ぶとは思わなかった。警察に連絡するのは、もう少し後でもよいだろう。今連絡したら、復讐を果たせた喜びを隠せない。
 K氏は海を眺めることにした。岩壁にN氏の身体をこすりつける波の様子を見ようとしたが、N氏の身体はもうバラバラになってしまったらしく、それは叶わなかった。
 K氏は少しだけ、ガッカリした。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)