【短編小説】フラペチーノとクマンバチ
中学の頃、田舎からタケコという名前の転校生がやってきた。そのあまりにも古くさい名前と、コテコテの東北訛りがあまりにも芋臭かったので、彼女は私たちのオモチャになった。
「えっ、スタバ知らないのぉ?」という都会マウントから始まったお遊びは、結構続いたと思う。毎日スタバに行く財力が中学生にあるわけもなく、そもそも毎日同じことを繰り返せばタケコがスタバの注文を覚えてしまう。私たちは不定期にタケコをスタバに連れ出して、彼女が注文にどもるのを見て笑い転げた。東北訛りのイントネーションが意思疎通の困難さに余計に拍車をかけた。店員が申し訳なさそうに聞き返す度に、私たちは言うのだ。
「すみませーん、この子、田舎出身なんですぅ」
私たちはそう言って、頻繁にタケコのことを馬鹿にした。スタバだけではなくて、マックやSUBWAYでも同じようなことをした。店に行かないときは色々な話題を振って、タケコの方言を笑った。
「ワダスじゃなくてぇ、ワタシ。ワ・タ・シだよぉ」
意味もなく電車に乗ったときもあったが、タケコはSuicaの扱いはともかく、切符の扱いには慣れていたので駅の利用はしなくなった。
私たちはタケコの無知を笑い、それを最高の娯楽にしていた。
その日も私たちはスタバの行列に居た。新作のフラペチーノは非常に言いづらい名前だという点においてもネットで話題になった。TikTokには噛まずに注文ができるかどうか、という動画が溢れて、私たちはそれを見てゲラゲラ笑った。私たちはタケコが注文をする様子を動画に撮って、それをアップロードする気満々だった。
桜の花が終わりを迎えて、道のあちこちに植えられている濃いピンクの花が咲く時期のことだった。私たちは今日の最重要任務・動画撮影の打ち合わせをしながら、長い行列の中でゆっくりと歩を進めていた。そのときタケコだけは、あの濃いピンクの花をじーっと見ていた。
するとその行列に、ブーンと音を立てながら大きな虫がやってきた。私たちは悲鳴を上げた。
「何!? ハエ!?」
「違う、ハチだよ!」
黒い塊がブーンブーンと飛び回る。何人かが列から逃げた。新作のフラペチーノのために残っていた私たちだったが、一人の頭にその蜂が止まったのが運の尽きだった。
「ギャー! 刺されるぅ!」
この時タケコが何か言ったのが聞こえたが、私にはその意味が分からなかった。私たちのみならず他の客も逃げて、行列は綺麗になった。タケコは私たちのことを不思議そうに見つめていたが、スカスカになった行列をずんずん進んで、店内に入っていってしまった。
私たちはすっかり疲れ果てて、地面に座り込んでしまった。新作のフラペチーノどころではなかった。私たちの気力と体力が戻るよりも速く、タケコは新作のフラペチーノをひとつ持って店から出てきた。
私たちは何も言えず、タケコを黙って見上げた。敗北感、という言葉はこういうときのために存在するのだと思う。
「熊蜂のオスは人刺さねど」
タケコはフラペチーノを飲みながら、しれっと私たちに告げた。
「あの蜂は大人しい蜂だぁ。ちょっかい出さねば何もしね」
「何で教えてくれなかったのよ……」
私がそう言うと、タケコは首をかしげた。
「言ったど。その蜂だば刺さねて」
タケコはそう言って、ストローをグリグリ動かしてフラペチーノを混ぜていた。その時初めて、私はタケコのフラペチーノのストローがプラスチック製であることに気がついた。ここのスタバは申し出がない限りは紙ストローが提供されるはずなのに。
「おめがだは飲み物の注文は上手けども、熊蜂のことなんも知らねのな」
「…………」
私たちは皆黙り込んでしまった。タケコはそろそろ帰るというニュアンスのことを言って、私たちを置いて帰ってしまった。
それから数日して、「クマンバチに逃げ回る客」というタイトルのShort動画がYouTubeに出回り、私たちは酷く恥をかくことになる。私はその動画のコメント欄で、あの濃いピンクの花がツツジであること、クマンバチはツツジの花が好きだということを知った。
あの動画で話題になったのは、画面の中で唯一行列に残った中学生だったことも、私たちにとってはとても気に食わなかった。タケコは自然に私たちのグループから外れていって、オモチャを手放したくない私たちは懸命に彼女をスタバに誘ったけれど、自分の訛りをバカにしない友人を見つけた彼女は私たちの誘いを断った。
私たちは腹いせに、一致団結してタケコをいじめてやろうとも考えたが、スタバの行列で悲鳴を上げて逃げ出す女子中学生にそこまでの度胸はなかった。
結局、私たちはクマンバチの羽音に怯えながら、スタバの行列に並ぶことしか出来ないまま、中学の卒業証書を受け取ることになった。
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)