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【短編小説】ネコタレントインタビュー

 YouTubeのチャンネル登録者数百万人突破。今もっとも人気と言えるペットチャンネルの看板猫・にゃんきちが、メディアのインタビューに答えた。
 ……飼い主じゃなくて、猫本人が、だ。
 にゃんきちは毛繕いをして、インタビュアーの高橋に挨拶をした。
「ニンゲンのインタビューは初めてだ」
 にゃんきちはそう喋った。高橋がぽかんとすると、にゃんきちは喉をゴロゴロ言わせて笑った。
「そんなに驚かれると、どう反応すればいいか分からなくなるよ」
「し、失礼しました」
「んーん、気にしてない。それじゃあ、質問を聞こうか」
 いつもは相手指定の喫茶店やオフィスの中で行われる取材だが、にゃんきちはなんと路地を指定した。前々から猫集会の聖地としてSNSで多少話題にはなっていたが、薄暗く小汚いという性質からインスタグラマーからは敬遠され、結局隠れた名所という評価で落ち着いた。
 高橋は胸ポケットから愛用のボールペンを取り出し、メモを取る姿勢を取った。
「それでは、にゃんきちさん……」
「にゃんきち、でいいよ」
「失礼しました。にゃんきち。早速自己紹介をお願いします」
「あいよ。ワタシはにゃんきち。雑種オス、九歳。好きな物はちゅーる、嫌いなものはシャンプー」
「シャンプーを嫌がる動画は、にゃんきちの動画の中でも特に再生数がありますよね」
「あれでご主人は調子に乗ったところがあるね」
 高橋のボールペンが滑らかに動く。にゃんきちは目を細めた。
「いい道具だ」
「ありがとうございます」
「ところで、君はレコーダーは使わないのかい」
「使っていますよ。でも、メモを取りながらの方が僕はやりやすいんです」
「にゃるほど」
 にゃんきちはヒゲをぴくぴくさせた。
 高橋は他にも二、三点ほどの質問を投げ、にゃんきちはそれに的確な答えを返す。次の質問に移る際、高橋が少し言い淀んだのをにゃんきちは聞き逃さなかったが、彼がそれについて指摘を投げることはなかった。
「それでは……答えにくい質問かとは思いますが」
「炎上騒動か」
「……よいのですか?」
「構わないよ。ワタシはネコタレントとしてこの言葉を伝えにゃいとならにゃ……失礼」
 にゃんきちはニャーニャー鳴いて、喉をゴロゴロと鳴らして「あーあーあー」と発声の練習をした。
「ナ行はどうも苦手だ。油断するとすぐににゃににゅにぇにょに、にゃ……なってしまう。すまないね」
「いえ、大丈夫です」
 高橋はメモ帳を一ページめくった。
「それで、ネコタレントというのは一体何なのでしょう」
「ネコタレントというのはね、そのままの意味だよ。ネコのタレントさ。ニンゲンにもタレントっているだろう」
「はい。沢山います」
「ネコも同じさ」にゃんきちは前足を舐めながら言った。
「ニンゲンだって、タレントがわざわざ高いところから飛び降りて泣き叫ぶ様子を見て笑うだろ……なんだったかな、ニャンジージャンプといったかな」
「バンジージャンプですね」
 そうそう、と頷いたにゃんきちは、再び滑舌を調整した。「なねにぬねのなの……」を呟いているが、時々怪しい「ニャ」行になる。
「他にも、普段食べないものを食べさせられたりとか、辛いものを食べさせてヒイヒイ言わせたりとか、あるだろ」
「ありますね」
「ネコタレントも同じさ。まぁ、我々はネコであるので、タマネギとかを食わされちゃ病院送りになるわけだが」
「そうですね。ネコに食べさせてはいけない食べ物は結構ありますが、それを把握していない飼い主さんも多いですね」
「ウチのは把握しているよ」にゃんきちは胸を張った。
「ワタシが好奇心で飼い主のアイスを食べようとしたら本気で怒ったからね」
 高橋は頷いた。
「話を戻しますね。……つまり、にゃんきちさんはYoutubeで活動するネコタレントである以上、多少無理なことはしないとならない。そうお考えなのですか」
「限度はあるけどね。大半の飼い主はキチンとワタシたちの安全を考えてくれていると思うよ。尤も、例外も多少あるからこそ、視聴者が不安がる気持ちも分かる」
「今後、ネコタレントとYoutubeはどうあるべきだと思いますか?」
「にゃんだ、そんな簡単な問いかけ。ニンゲンと一緒さ。我々が危険な目に遭ってる、飼い主がよくないことをしている、そう思ったらやんわり注意してやればいい。やんわりとね。普通の飼い主ならキチンと反省して、視聴者の不安を取り除くとか、自分の過ちを素直に認めて今後に生かすとか……そういった対応をしてくれるはずさ。なんせワタシを一番大事に思ってくれてるのは飼い主だから」
 ハハ、と高橋は声を上げて笑った。
「ごもっともです」
 にゃんきちの髭が、ピクリと動いた。

 会社に戻った高橋は、早速インタビューを元に記事を書いた。ネコ相手のインタビューという前代未聞の内容に上司は速攻ボツを言い渡す。
「お前、ファンタジー小説専門の作家になった方がいいんじゃないか?」
 しかし、事態は急転する。にゃんきちがYoutubeチャンネルで飼い主と日本語で会話をする動画を上げたのだ。上司の掌はくるくるドリル。史上初のネコタレントインタビューを掲載した雑誌「ねこねこわーるどVol.65」は瞬く間に売り切れ、あれよあれよと重版が決まり、SNSを中心に「Youtubeのペットチャンネル」に関する議論が嵐のように巻き起こった。
 高橋はにゃんきちに追加報酬のちゅーるを持っていった。にゃんきちの飼い主はおっとりとした男性で、雑誌の名前を出した瞬間に「ああっ!」と言ってつま先立ちになった。一方のにゃんきちは、のんびりと歩き回り、「はやくちゅーるをよこしたまえ」と言わんばかりに高橋のスネにネコパンチを繰り出した。
「これも動画のネタにしてもいいかい?」
 口の周りを舐めながら尋ねるにゃんきちは、俳優がマネージャーに投げる視線と全く同じようにして飼い主を見た。
「高橋さんが了承してくれるなら……」
 高橋は「いいですよ」と返事をした。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)