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「助けになりたい」と思った人は、既婚者でした

こんにちは。いつも読んでいただきありがとうございます!
今回のnoteにクズ男は登場しません。
既婚者と知っていて、個人的に仲良くしていた昔のお客さんの話です。
既婚者やパートナーがいる人には絶対に近づかないというのが私のポリシーでしたが、なぜ私はこの人から離れなかったのか。
必ずしも恋愛感情だけが人を大切に思う気持ちではないのではないかな?とふと思った、今でもとても記憶に残っている出会いでした。
では早速書いていこうと思います。

出会い

日没。ピンク色の照明が並び、女の匂いが充満した夜の街で
その日も私は働いていた。煙草に火をつけて客を待っていると、現れたのは数回相手をしたことのある常連さん。今回の主人公Cさんだ。

年は30代半ばごろ。遊び慣れた雰囲気で金払いのいい良客だった。
基本的に、お客さんにプライベートな質問はこちらからはしない。
ただ、色々と話してくれる人はいる。
この日のCさんは何だかいつもと違う雰囲気で、あまり元気がない様子。
事は済んでいるのに延長して話がしたいと言ってきた。

お互いに服は着たまま、ベッドに横になり私はただ話を聞いた。


きっかけは、『同情』

Cさんは、結婚していてまだ小さい子供がいること、そして最愛の妻が数年前に病気になり、介護が必要なこと、症状が思わしくなく、寝たきりな上にほとんど普通の会話ができないことなどを静かに話していた。
Cさんは奥さんのことが大好きなのに、普通の夫婦のように会話をすることも、他の夫婦やカップルが当たり前にしているようにお出かけをすることも、もちろんセックスをすることもできない。
妻側の両親からは、籍は抜いて自由になってもいいと言われたけれど、離れることは考えられない。仕事もしながら子どものことも周囲の手を借りながらしているとも言っていた。

そんな中で、普段はやれるかぎりを頑張っているけど、やっぱりどうしても女性との関わりが欲しくなって、妻には悪いなという気持ちを抱えながらもこうやって遊びに来ているんだということも話してくれた。

この時の私は今よりも随分若かったけれど、この話を聞いてただひたすらに同情したし、私で何かの役に立つなら言って欲しいという妙な感情が生まれていた。

心地よい関係

それからもしばらくは個人的な付き合いもなく、定期的に来てくれるお客さんだったCさん。気にはしつつも連絡先も知らないし、ましてやこちらから気軽に連絡していい立場にもない私。
そんなある日、お店にやってきたCさんが「よかったら時々デートして欲しい」と言ってきた。ご飯に行くぐらいならいいよと言って、連絡先を交換し、その日からメールで時々話す仲になっていた。

Cさんは私にとても良くしてくれて、私には敷居が高くて到底入ることができないような良いお店や、自分が一人だと寂しいからといって色んなところに連れて行ってくれた。
一緒にいる時ぐらいは楽しんでほしくて、Cさんの話を何でも聞いたし、奥さんとの思い出話や子どもの話、仕事でどんなことをしているのかなんかも全部聞いた。
私といる時、Cさんは私のことを尊重し、大事に扱ってくれて、いつもありがとうとても助かってると伝えてくれていた。
会う約束をしていても、急に奥さんの傍に居ないといけなくなったり、子どもの予定が入ったりしてドタキャンになることもしばしばあった。
その度にCさんはすごく謝ってくれたけど、私はドタキャンが原因で不機嫌になることは1度も無かった。
Cさんには家族が何よりも1番大切で、私は時々思い出す女。強がりでもなんでもなく、わたしにはその関係がとても心地よかった。

結婚願望の一切無かった私は、ずっとこのままでもいいとさえ思っていた。

さようならは言えなかった

Cさんと会うようになって数カ月経ったころ、私は風俗嬢を辞めて違う仕事をするための準備を始めていた。
借金を返し終わって、いつでも辞められる状態にあったけど、生活費の為に出勤日数を減らしながらもお店には勤めながら昼職に向けて行動を始めていたので、私の周りには「風俗嬢」であることを知らない人間が増えていた。

Cさんにももちろんそのことを時々報告していたし、とても喜んで応援してくれていたが、1度だけ冗談っぽく『マンションを買ってあげるからそこに住む?』と言われたことがあった。
私も『じゃあ虫が出ない部屋がいいな~』と言って返したが、
今思えばその言葉の意味は、私が夜の仕事を辞めたら自分から離れていくことを察していたのかもしれない。

新しい仕事を始めたころ、Cさんと連絡することも、会うこともほとんど無くなっていた。
私の環境が変わったせいなのか、Cさんの状況に何か変化が起きたのか、今となってはわからないけれど、新しい未来に向かって毎日が充実していた私の方が、Cさんを置き去りにしてしまっていたのかもしれないと、今になったら思うこともある。

毎日が楽しいよ!って話す私を見ているCさんの目が、少し寂しそうだったことに気づかないフリをしたまま、私たちは自然にさようならしてしまっていた。

助けたいと思ったら、助けられていた

恋愛感情ではなく、人として尊敬し、困っているなら助けになりたいと思って流れのまま、自分の気持ちに正直に行動した結果、約1年ほどCさんとは定期的に会っていました。

私の言動が、一体どれだけCさんの役に立てていたのか、そもそも何かの助けになれていたのかどうかの本当の部分はCさんにしかわからないけれど、始めは「少しでも助けになりたい」と思っていたはずが、いつの間にか私の助けになっていたことも事実でした。

病気になって一人暮らしで誰にも頼れないときに心配してあれこれ世話を焼いてくれたり、お客さんにひどいことされて怖くて不安だったときは安心できるように色々と手を尽くしてくれたり。
普通に恋愛して付き合うだけが男女の関わり方ではないんだな、素敵な人は一緒にいるだけでとても楽しい存在なんだなと知ることができた出会いでした。
最後にきちんとお別れが出来なかったことが、少しだけ心残りだけれど、とても良くしてくれたこと、今でも思い出して感謝しています。
今も元気で過ごしてくれているといいな。

おわり♡

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