日記 3月9日

白い月がぽっかりと昼の空に浮いている。波のない空に、静止画みたいな平面さで、切り抜いたボール紙みたいな不格好さで、大した光を放たずに。

いくらか暖かく、家までの道のりで背中が少し汗ばんだ。試験の2日目、午前中だけで学校は終わり、さっさとみんな家に帰って、試験勉強をしろ、と言われたのか、サボってもいいのか、別にどう使おうと、学校、教室から出ている僕らは自由のはずなのに、明日もテストで、今日はこれだけ午後時間がある、というだけで、脅迫的に試験勉強の命令を下された気分になる。やらなくちゃいけないのはわかる。ただ、こうも勉強していないと、今更勉強する気にならない。駅から家に着くまでの15分間、昼の月が僕の頭上に、巨大な絵画の、ゴミみたいに浮かんでいた。それくらい異質だった。ただぼんやり見ていると、落ちてきそうだったし、落ちてきたら拾わないで家まで蹴り続けるかもしれない。昔古代生物展で買った三葉虫の化石の、裏側の石の質感みたいだった。きっと、数万年前の石に違いない。だとすれば、この冬の澄んだ空は、地層かもしれない、いや、古代生物図鑑の開いた1ページかもしれない。やっぱりゴミだったかもしれない。水に入れたらあの石は浮くんじゃないかとか、案外マフィンみたいにフワフワだったりするかもしれない。だとしたら月は甘い。コーヒーに合うだろう。

白昼の月は、ふてぶてしいデブな野良猫みたいに、遠くで目つきの悪い顔でそこに寝転がっている。近付いたって、威嚇もしなければ喜びもしないだろう。ただ尻尾を振って、「なんだよ」とか、「やれやれ」とか思うんだろう。そこにいるだけ。命令もしなければ助けもしない。美しさも放たなければ、異臭も放たない。生きてすらいるのかわからない。だとすれば、いるのかもよく分からない。ただ、この時間は心地が良かった。

地平に目を移すと、車が時々道路を通った。人は滅多にすれ違わなかった。どこからテレビの音が、ピアノを練習することが、話し声が、老夫婦の沈黙さえ聞こえた。静かな昼間だった。宇宙とはこんな感じなのかもな、と思う。

気がつくと、家の前まで来ていた。月がまだぼんやりいた。裸の銅像のように格好をそのままに。磁石で引き寄せてもいい。

次の日になって、数学のテストが始まった。全然分からないから、開いていた窓の向こう、欠伸をしていた月と目があった。昼からご苦労なことだ。

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