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久居の超肉うどんに見る、マーケティングの本質


 いきなりタイトルと関係ないが、久々にコメダ珈琲にきた。
 その目的は当然、コーヒーを飲む為……ではなく、FIREを目指す若い大学生がバイナリオプションの勧誘に騙されそうになっているところをつぶさに観察する為……でもなく、網焼きチキンホットサンドを食べる為である。

音速で食べちゃったので写真はネットから拝借

 スターバックスがフラペチーノ屋さんであるように、コメダ珈琲もまた、網焼きチキンホットサンド屋さんであることは、もはや自明の理だ。僕が時折こうしてコメダ珈琲に立ち寄ってしまうのは、コーヒーが美味しいからではなく、ゆっくりできるからでもない。ぷりっぷりでジューシーな鶏もも肉を柔らかく焼いて、キャベツとパンで挟んでかぶりつけばカラシマヨネーズと照り焼きソースが滴り落ちる。そんなホットサンドを1つでも食べれば満足度が高いのにもかかわらず、それが3つも載って890円だからなのだ。この大満足はもはや快楽。僕はこの快楽を味わう為にコメダ珈琲に通うと言っても過言ではない。
 コメダ珈琲は確かに量が多くて逆ボリューム詐欺みたいな風に言われる。だがよく考えてみるとほぼ900円する。ホットサンドひとつに、だ。全然安くはないし、ボリュームから考えたら値段相応であり、全く逆ボリューム詐欺でもなんでもない。だがこの網焼きチキンホットサンドが3つじゃなくて2つで600円だったら、通っただろうか?いや、通わなかっただろう。僕は3つ食べられるから、通うのだ。

 さて、話は変わるが、三重県の久居というところに少し変わったうどん屋さんがある。名物・超肉うどんの鳴門うどん戸木店だ。
 元々鳴門うどんという屋号は大分を中心に展開している企業のものだが、どうやら別の地元企業が大分の企業の協力のもと遠く離れた三重の地で展開している。鳴門うどん自体がなかなか変わったうどん屋であり、うどん1玉でも2玉でも3玉でも同じ値段なのだ。肉も同じように3倍まで同じ値段で選べる。まさに育ち盛りのお子さん御用達、横へ育ち盛りの社会人にも御用達、満足度高いうどん屋さんなのである。余談だが、うどん3玉にプラスして更に丼物も食べられるセットメニューなんかも平然と用意されている。客の胃袋をなんだと思っているのか。
 久居で仕事をしていると、取引先の人に言われる。
「3倍のやつ行こうよ」
 麺を3倍にできるうどん屋のことだ。やはり人気店、着いてみたら今日も満席だった。腹を鳴らしながらようやくテーブル席に座ると注文する。
「肉うどん3玉で」
「僕も肉うどん3玉で」
「俺も同じやつ」
「今日はあんまり食欲ないので1玉で」
「肉うどん2玉で」
 各々注文し終わると、注文を一通り聞いた店員さんが一言、
「ややこしいから全員3玉の肉3倍ね」
 ちょっとよくわからないことを言い残して厨房へと戻ってしまった。注文聞いた意味あるのか。しかしまぁ、ここはこういう店なのだ。これがこの店のオリジナリティなのだ。お客様の注文を正確に聞くとか、そういう概念じゃないのだ。程なくして肉うどんが運ばれてくるが、やはり全員どんぶりがデカイ。まごう事なく全員肉うどん3玉だ。やりやがった!あの野郎マジでやりやがった!
 いかがだろう、3玉にしない理由はもはやどこにもない。肉を食らい、うどんをすすり、腹10分目になる、それがこの店だ(というか勝手に3玉にされる)。
 僕たちは大満足で会計を済ませ店を出た。全員この後しばらくは動けない。仕事開始は13:30とかだろう。最初「食欲無いから1玉で」などと言っていた彼が心配である。しかし、お腹をさすりながら考えていると、ふと気づいた。肉うどん3玉のお会計、990円だった。
 うん、ちゃんとそれ相応の値段を払っている。
 うどん1杯の値段で、麺3倍、肉も3倍、お得に大満足をしたつもりだったが、結局は何のことはない、肉うどんを3杯分の値段払って3杯食っただけの話だ。
 恐らく丸亀製麺に行った時に値段3倍麺も肉も3倍というメニューがあったとしても、注文しないだろう。あくまでも、1杯の値段で3倍まで無料という内容だから3倍にしたのだ。
 肉うどんなどというのは自分で作ろうと思えば簡単で、スーパーで30円のうどんを3玉と牛肉を買って帰ればずっとずっと安く作れる。しかし、外食に求めているのはそこではない。『安さ』を味わいたいのではなく、『快楽』を味わいたいのだ。コメダ珈琲に行くのも、他では食べられない網焼きチキンホットサンドという快楽を、久居に行った時に肉うどん3倍を食べてしまうのも、3倍という快楽を味わう為に行くのである。満腹になればなんでもいいのではない、そろそろご飯に行こうというその時に思い浮かべる食べ物を決定づけるのは、他の店では食べられない狂気ともいえるオリジナリティ、それこそがマーケティングなのだ。
 この飽食の時代、何を食べても安くお腹を膨らませられるこの時代だからこそ、大事なのは目新しい食材や安さでもない、平凡な料理の中からどんな狂気で人を魅了できるかが問われているのかもしれない。そう、人は平凡な料理に飽きて、狂気を求めている。さながら、漫画とかでよく出てくる極度の金持ちが普通の遊びに飽きてしまいデスゲームとかやりだすような感覚に近い。食事できる店が溢れすぎて、狂気で楽しませてくれる店を求めているからこそ、快楽と狂気を演出できる店がリピートされる、人気店となれる。
 味に自信はあるのに、値段も高くないのに、なぜかウチには客が入らない……そんな時は、思い切って値段も量も3倍にしてみてはいかがだろうか。

 ……だからといって、客が1玉と言ったらちゃんと1玉で出そう。

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