ユウと魔法のメッセージ 第3章

第3章 キルガの襲来と兄妹の絆

即座に後ろを振り向くと、そこにはさっきまでなかった大きな船がいる。貿易船か?いつ現れた?
しかしその船の見た目は明らかに、どこかの町の公な船でない。ツギハギのように色々な建築物がくっついていて、所々大きな穴が空いて中が見えたりする。船だけど船じゃないような、歪な形をしている。
僕たちは固まってただそれを見るしかなかった。船の大きな帆がゆっくりと動きだした。帆のように見えたそれは白い大きな手。骨の手だ。そのおぞましさに震え、背筋が凍りつく。伸びた指がこの花畑にすっと降りる。船の中からその大きな指をたどって人が歩いて登ってきているのが見える。3人だ。
茶色のハットを被った男を先頭に、それぞれ武装した大人たちが次々に現れる。金色の兜を被った者、大きな槍を持つ者。確実に僕たちを狙いに来ている。
「ま、まさか!」
「山賊だ…。」
シグレが震える手でネックレスを握りしめた。
先頭の男が不敵な笑みを浮かべ、こちらを見つめている。
「やっと会えたな。イーブルんとこの嬢ちゃん。蝶を忍ばせておいてよかったよ、おかげで場所が分かった。」
途中で船に乗ってきたあの蝶に、魔法がかかっていたらしい。
「ほーん、見るからにやつはいないし、頼みの白猫もいねえってわけだ。丸腰だな、おたく。」
「な、なんなの。」
「悪いことは言わねえさ。ただおたくらの家に案内してもらいたいくてね。久しぶりにイーブルに顔見せてやろうと思ってな。」
「会って何をする気?」
「さあな。それはやつの態度次第だ。」
男はにんまりと笑う。
「おまえ、キルガか?」
「おやおや、君もいたのかいポカリ君!小さすぎて見えなかった。まだ戻れてないのか、可哀想に。」
「え、キルガって。まさか。」
「ああそうさ、俺をこの姿に変えた張本人だよ!」
「お前はとことん可哀想なやつだ、ポカリよ。同情するさ。昔から不遇続きだった上、しまいにゃリスなんかになっちまって。かわいそうだ、可哀想だなあ!」
「リスにはリスの良さがあるってもんよ!お前にはわからんだろうがな!」
「わかった、分かった。そのくらいにしとけ。てめえにその魔法を解くことさえできない、己の非力さを憎めよ。」
「お前、、!」
「んで、そこの坊やは誰だい?初めて見るが。」
「誰だっていいでしょ、あなたに関係はないわ。」
「ほお〜。それはますます興味深いね。またガキを拾ってきやがったのか?やつは。物好きだねえ。」
「しつこいぞ、お前。どうしてそんなにイーブルに執着するんだ。」
「うーん、そうだなぁ。俺はな、好奇心が旺盛なんだよ。やつが統べるエグラムにこそ興味があったんだが、いきなりやつは姿を消した。街の長になる覚悟がない、自分勝手な臆病者だったんだよなぁ。おかげであの町からはみるみる人が減っていく!芸術家を狙う山賊は絶えず、治安を維持するための機能も弱い。エグラムに住んでた著名な作家や芸術家はほとんど街を離れた。こんな街を攻めたって面白くねえだろ?だから俺は奴自身を追い続ける。きっとあいつはあの町を離れねえ。あそこ以外にやつの行く場所なんてねえからな。やつの作品の価値は高いが、それよりやつ自身にこそもっと価値がある。」
「イーブルさんをさらう気?」
「だから言ったろ?それはやつ次第だって。ちなみに俺はガキの頃からやつに勝てたことがねえ。唯一だ、俺が勝てなかったのは。それほどの魔力を持った人間がここまで完璧に存在を消すには、それなりの魔法を家にかけ続けるほか考えられねぇんだよ。となれば、魔力の衰退は早いな。きっとやつは今頃歳不相応の老いぼれになってることだろうさ。おたくらがいちばん知ってることだろうが。」
「だから、勝てるってこと?」
「まあ、それもあるわな。」
「ひどい。卑怯者!」
「やつがそういう選択をしたんだ。利用する他ねえだろ?ちっとは賢くなれよ、嬢ちゃん。」
「イーブルさんは自分のことよりも、私たち家族を守ってくれることを優先したのよ!あの町に住み続けられるように、沢山力を使ってくれたの!」
「おいおい、本気で家族ごっこしてんのか?やめた方がいいぜ、やつにおたくらを守る義理はなんだってねえんだから。いつ切り捨てられるかわかんねえって構えながら生きてた方が自分のためだぜ?」
「だまりなさいよ!!」
その一言がシグレの琴線に触れたようだ。
ものすごい勢いでキルガを睨みつけている。
「お、落ち着くんだシグレ!気持ちはわかるが今はだめだ!」
「頼みの白猫兄貴は今日も街の警備かい?こんな危険な旅に同行すらしてくれないのか。可哀想だねぇ、ほんと。兄貴抜きで俺に立ち向かえるのかい?威勢だけよくてもダメだぜ、実力を伴わなきゃ。」
「だからあたしが何とかするってんのよ!!」
「ほお!お嬢ちゃんにかい!そりゃ大層なことだ。」
「あなたはなんなのよ!人を馬鹿にできるだけの人生を送ってきたわけ?イーブルさんに負け続けて、私たちみたいな弱いものいじめをするだけの卑怯者じゃない。あなたの方が遥かに臆病者だと思うけどね!私は。」
「シグレ!あんまり刺激するな!」
「ハッハッハ!笑えるねえ〜。別に俺ぁおたくらに手を出すつもりはさらさらねえんだ。せっかくだし、俺らの船乗ってくか?エグラムまで送ってやるよ。急いでんだろ?でもその前にせっかく見つけたテラをごまんと摘んでからにするかな。」
「させないわよそんなこと!」
「ここはエグラムじゃねえんだから別にいいだろ、おたくらの出てくる幕じゃねえよ。大人しくしとけ。」
キルガが後ろの仲間に首で合図を送る。鎧を着た女が両手を広げた。何かの魔法を使う気だ。
「やめろって言ってんのよ!!」
シグレが女に向かって手を伸ばし、その動きを止めようとするが、そのとき逆にシグレの動きが封じられてしまった。
「じっとしてろ。」
キルガがシグレに向かって手を伸ばし、ぎゅーーっと手首を締める動きをしている。魔法を使って人と人が争っている。僕は立ちすくむことしか出来ない。
「こいつら見張ってな。」
キルガの指示を受け、兜を被ったもう1人の仲間が僕たちの方に来る。顔が見えず、人かそうでないかすら分からない。カラカラと不気味な音を立てながら僕たちの隣に来た。ポカリと僕は体が動かない。僕たちも魔法をかけられているのかもしれない。
「俺はこいつらともっと話しがしてえんでな。」
手を広げた女が、その姿勢のまましゃがみこみ、その手を地面につけた。次の瞬間そこらじゅうのテラの花が勢いよく地面から吹き飛んだ。
「ああ、、そんな!」
僕たちが必死に探してきた貴重な花。あっけなく次々に摘み取られていく。
「これは金になるね、うむ。今日はツキがあるみてえだな!」キルガは高笑いをしている。
「違法行為だぞ!これは!」
「おー、そうかそうか。そりゃあ申し訳ないねえー。君たちの重要なインフラだったっけかな?この花は。」
キルガの後ろで次々に花が吹き飛んでいる。
あんなに綺麗だった光景が、みるみるうちに変わっていく。光がどんどん消えていき、薄暗い光景に戻っていく。
「ここまで天気が悪いのはかなり久しいね〜。そして白猫くんがここにいない理由。俺が思うに、エグラムの門だろ?原因は。」
シグレは何も言わない。ただキルガを睨みつける。
「おいおい何か言ってくれよー嬢ちゃん!おたくらと話がしたくて口には縛りをかけねぇでやってんのにさ!」
ひとつため息をついて、キルガは続ける。
「んで、このタイミングで現れた坊や。そう、君のことだ。ここまで身を隠して生活してるやつらが知らねえ奴をいきなり連れている。そこだけが腑に落ちねえんだよなあ、俺は。」キルガが僕の顔をぐっと覗き込む。
「ねえ君さ、もしかして向こうから来た?あの門をくぐって。」
僕は何も知らないふりをする。
「見るからに新参だな、この世界自体が。だとすればなぜ坊やはあの門が通れた?それは坊やが魔法を使えるからだな?」
キルガの顔がどんどん僕に近づく。その目はずっと僕の内側を探るために突いてくる。
「俺が気になるのは坊やの匂い。やつと同じ匂いがする。君の中にやつがいるみたいに。ただの人間って訳では無いよな?君。」
僕の顎をクイッと持ち上げ、隅々まで舐めるように見つめてくる。僕は動くことが出来ない。ただ、何も知らない赤子のような佇まいをする他にない。
「どうやら魔法がかけられているわけではないな。それとも何か中に隠してるのかな?君を解いていけば何かが現れるってのかな?」
「ちょ、何する気!?」
「言った通り、この坊やに解きの魔法をかけてやろうってなわけだ。命の保証はしてやりてえところだが、ちと難しい魔法でね。まあベストを尽くすさ。」
「や、やめて!!!!離れて!!ユウ!!」
だめだ、やはり体が動かない。僕も縛られている。
ああ、視界がぼんやりしてきた。魔法が僕の中に入ってきている。叫ぶ2人の声が段々と遠くなる。
ぼんやらとしていく視界の中で、かすれていく自分の意識ーーーー、

そのとき!上からなにかがものすごい勢いで降ってきた。一瞬にして視界がくらむ。体に強い衝撃を感じて意識を取り戻した。はっ!何が起こった?
砂埃が去ると、そこには、あの馬のような姿から人間に戻っていくサダメの姿。助けに来てくれた。
「お兄ちゃん!!!ううう、。」
「シグレ、泣くのはあとだ。」
気がつくとキルガがかなり遠くまで飛ばされて倒れている。
「くくく、。痛いことしてくれるじゃねえか。どうしてここが分かった?」
サダメがつけているネックレスに気づく。
「ほおう、器用なことできるようになったじゃないの。」
「すまないが、今あなたに構っている暇は無い。僕たちはすぐエグラムに戻らないといけないのでね。」
「お前はまだ俺には敵わねえよ。図に乗るなガキ。」
「ポカリ、ユウを頼む。シグレ、僕から離れるなよ。」サダメはその青い目をキルガから離さない。
「お、俺もそうしようと思った!任せろ!」
ポカリが僕の上に乗ってくる。
キルガが服についた土をはらいながら立ち上がる。
「お前、だいぶ息が上がってるじゃねえか。相当飛ばして走ってきたんだろ?街の執行官がこの状況で町を抜け出してきていいのかね。」
「すぐに戻る。心配はないさ。」
サダメが指先から稲光のような光線を出す。素早く動いたキルガにはそれは当たらない。キルガはスタスタと場所を移動しながらサダメに近づいてくる。サダメは周りを見渡しながら、確実にその背中でシグレを守る。しかし背後から仲間の女がシグレに降りかかる。シグレは間一髪でそれをかわす。その瞬間キルガが現れ、サダメに襲いかかる。サダメは身を翻しそれをいなしつつ、キルガの背後を取ろうとするが、再びキルガは身を隠す。とんでもない早さだ。僕がずっとそれを見ていると、脇をもう1人の仲間に狙われた。
ポカリがすかさず足元に火を放ちカウンターを食らわせる。火を消そうと彼が躍起になっている間に、僕とポカリは距離をとる。
「とりあえず離れよう!」
すぐさま敵は追いかけてくる。振り返ると燃えた足は骨になっている。だが骨が動いて追いかけてきている!
「なんだあいつは!人間じゃない!」
カラカラと立てていた音は骨が動く音だった。
「あいつには特殊な呪いがかかってる!死体が動いてるんだ!」
じゃあどうすればいいのか!分からないので逃げる。
骨人間はずっと追いかけてくる。
「ぎゃああああ!」
僕たちが先程登ってきた斜面を飛びながら駆け下りる。すると上から骨人間が足を滑らせて転がってきた。
「もしかして、足も骨だから濡れた石で滑ってるんじゃないか!?よし、今やるしかない!」
ポカリが転がった骨人間を上から見下ろし、魔法を使う体勢をとる。「ううううあぁ!!頑張れオイラ!」
近くにあった大きな岩がゆらゆらと動きだし、こちらにやってくる。
「いけぇぇ!!」その岩は真っ逆さまに落ち、下にいた骨人間を潰すように落ちた。
「やった!上手くいったぞ!」
ポカリと僕はその場で抱き合った。抱き合ったと言うより、ポカリが僕の胸に飛びついてきただけだが。
「よし、上に戻ろう!ふたりが危ない!」
再び険しい斜面をよじ登る。
頂上に着くと、まだやり合っている彼らの姿。
そのときシグレが敵に背後を取られた。サダメがすかさずそれを助けるため一瞬キルガに背を向ける。
その瞬間キルガがサダメの後頭部に手を添えた。魔法を放つ気だ。危ない!僕は目を閉じ、無心で念じる。
((吹き飛べ!!))
手を伸ばすと、そこからものすごい力が真っ直ぐに飛んでいく。それはキルガを撃ち抜き、吹っ飛ばした。
「ユウ!!」
サダメが驚き、そして笑う。
「さすがだね、ユウ。」
そのチャンスを逃さない。サダメは仲間の女を吹き飛ばしたあと、すぐさまキルガの元に飛んでいき、その顔の前に手を据えた。
「動くなよ、動いたら撃つからな。」
キルガは動かないが、うっすらと震えている。
「ふっ、これだけお前らのことを見てきたのに、まだまだ知らねえ事が出てきやがる。まさかやつにガキがいたなんてな。しかもこんな歳の。」
笑っている。その笑い方は自分自信を嘲笑うようだ。
「もう僕たちに手出ししないと約束しろ。」
サダメが突き放すように言う。
「フッ、分かったよ。俺の好奇心は尽きた。もう充分だ。」キルガが両手を上げた。
知り尽くしていると思っていたイーブルに実は子供がいて、しかもその子供がもう10歳になるということ。
その事実に10年間気が付かなかったこと。キルガは自らに失望し、誇りを失っているように見える。
「坊や、偉大な魔法使いになるぜ、おたくは。この俺が言ってんだから間違いないさ。」
キルガはゆっくりと立ち上がる。
「もうおたくらの邪魔はしねえよ、イーブルによろしく伝えといてくれ。それとポカリ、もうお前本当はその呪い解けるだろ?」
「えっ」
「偉く気に入ったみたいだが、リスなりに元気でやれよ。じゃあな。」
キルガは船に戻っていった。再びごーっと大きい音を立てながら、川の中に入っていく。蟬の先まで水の中に入ると、あたりは再び静けさに包まれた。気づけばもうあたりは薄暗くなってきている。
「はあ、終わった。」
「お兄ちゃん、こんなに早く駆けつけてくれるなんて思わなかった。本当にありがとう。」
「いいんだ、気にするな、、。さあ、帰る、ぞ、。」
サダメは立ち上がろうとするがその場に倒れ込んでしまった。
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
サダメは少し首を動かすだけで、返事は出来ない。
「どうしよう。お兄ちゃんが。」
「どうする?船まで運べるか?」
平坦な場所ならシグレと僕だけで運ベないこともないが、あの斜面だ。かなり厳しいかもしれない。
「ねえお兄ちゃん、、お兄ちゃん!」
シグレがサダメの手を強く握り、うずくまる。。
すると、段々とシグレの体が青い光に包まれていく!
「うお、これはまさか!」
シグレを纏う光が強くなっていき、その姿が眩しすぎて見えなくなる頃、徐々にシグレの体から羽が生えてきた。それはみるみるうちに大きくなり僕らが手をいっぱいに伸ばすより遥かに大きい羽となった。
サダメが白い猫や馬のような生き物に化けたのと同じように、シグレは大きな青鳥へと姿を変えた。
その目からは大粒の涙がこぼれている。自分にも兄と同じ魔法が使えたことに対する喜びか、サダメを助けられることに対する安堵か、はたまたその両方か。
ポカリと僕はサダメを必死で持ち上げ、シグレの背中に乗せる。そして僕らもそこに乗った。
大きな羽をはためかせながら、シグレはゆっくりとその体を浮かせ始める。兄の羽より大きな羽だ。すぐに安定して飛べるようになり、そのままエグラムに向かい飛んだ。
「サダメ、遂にシグレも化けることが出来たぞ。これで兄妹揃って頼もしい魔法使いになったな。」
サダメは目を覚まさないが、どことなく笑ったように見えた。
「ふかふかだな、ここ。」
ポカリは横になりそのまま眠りについてしまった。
僕はシグレの背中に捕まりながら来た道を見下ろす。
あれだけ時間がかかった船旅も、飛んでいけばあっという間に進んでいく。エグラムの町が見えてきたそのとき、降り続いていた雨がついにやんだ。
テラの花の光が街を包んでいる。花畑とはまた違う、幻想的な光景だった。街灯のガラスがふわっと光っていて、夜の寂しさを紛らわしてくれるような暖かい光だった。この街の景色を僕も母に見せてあげたい。
元いた世界では見ることの出来ない景色だから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?