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無音

私の世界は無音だ。
遠くでけたましく鳴るサイレンの音、建物を工事する音、きっとそんな音たちがこの世界にはこだましているのかもしれないが私の鼓膜はそれらを受け付けない。
ただただ静寂が広がる世界。

目の前で誰かが口を動かしている。
きっとその口からはたくさんの情報が流れ出ているのだろう。
しかし私の頭にその情報は届かない。
届くのは、口を動かしている人間が目の前にいるという視覚情報だけ。
聴覚情報が欠落している世界。

私と人をつなぐのは紙に書かれた文字だけ。
紙に書かれたその文字を大切に大切に心にしまう。
温かい言葉はあっても温かい声を聞くことはできない。
温かい言葉をかけたくても温かい声を相手に届けることはできない。
紙に文字を書いているその時間と文字の空虚さがもどかしい。

そんな世界で私は何を感じて何を思い伝えればいいのだろう。
感じることはできる。
思うこともできる。
伝えることだってできる。
けれどどこか欠けているのだ。
欠落してしまったものを嘆いても取り戻せないことは分かっている。
ただ、欠落していない世界が羨ましくてたまらない。
まばゆく見えて手を必死に伸ばしてでも掴みたくなる。
でも掴むことは叶わない。
だから私は欠落した世界で今日も生きる、それしかないのだ。
無音の世界で音を探し続けている。




私の文章、朗読、なにか響くものがございましたらよろしくお願いします。