見出し画像

勝手に危機

結婚して一年が過ぎ
「こんなにもずっと好きで喧嘩もなく過ごせているってよっぽど相性が良い、これからも喧嘩なく平和に過ごすんだろうな」と思った

というか、思っていた

これほどに怖い過去形があるだろうか
夫が見たらきっと泣く

つい最近一泊二日の旅行をした
前夜から最終日の夜まで、
「まぁまぁ、まぁ良いよ、そういうこともあるよ」
が一日に何度もあり徐々に良くなくなり、水を火にかけたときの様に沸々と不満が増え水蒸気が水となって落ちるように冷たい言葉を浴びせてしまった

その日は、というかその週は簡単にホルモンバランスが乱れる時期だった
あまりイライラしないほうだが蓄積の量とスパンがキャパを超え、やかんが音を立てるほど沸騰していた
落ち着こうと冷ましている間にまた点火
調整しているのに一向に冷めず、最低でも常に白湯くらいの温度を保っていた

チリが積もればなんとやら

旅行から帰ってきた次の日も虫の居所が悪く、すべてが気に障る
なんでこんなに気に食わないのか、どんなにうまくしようと思っても足並みが永遠に合わないむずがゆさ
居心地が悪すぎる
普通なら逃げ出すが、そうもいかないのが夫婦だ

病気と同じように早期発見、早期治療
そうしないと取り返しがつかなくなる
遅れて治しても後遺症を残しながら過ごすことになる
完治でないといけないのだ

そんな時、初心に帰るようにしている
付き合う前の気持ちを思い出す

イライラしていなくても定期的にやっている
今の現状がいかに奇跡的か再確認するためだ
慣れは定期的に不慣れに戻さないと勘違いを起こす
仕事でも、私生活でも、それは同じだ

夫がまだ彼だった時
当時の私はいろんなことに不慣れで、簡単にペースが乱れる振り子時計のようだった
彼はゆっくりと正しく揺れていて、そのペースで自分も揺れたいと憧れた
そしてそれはいつの間にか恋心に変わっていた

そばにいると気持ちよく揺れ続けることができた
少しづつ速度を合わせることの楽しさや喜び
いつしか同じペースで揺れるようになり、あっという間に時が過ぎた

今回歩幅が合わずもどかしかったのは、体の中にある振り子時計が自分だけ早く揺れていたからなのだと気づいた

まだまだ些細なことでペースが乱れる
不慣れとかじゃなく、そういう時計なのだろう

元はばらばらに揺れていたのだからずれることもある
当たり前のことなのだ
最初はずれすらも楽しんでいたが、慣れると相手が間違っていると決めつけてしまう
マイルールを押し付けてもしまう

同じように揺れ続ける時間が長かったせいで勘違いしてしまったのだ
同じ振り子時計だと

時間がずれていた時、周りの時計と見比べて初めてずれていることに気が付くように体の中の振り子のずれも自分だけでは気づきにくい

夫に「最近不仲やんね」と言う
夫は「そうやねん」と答えた

その時ぼんやりとずれているかもという不安は確信に変わり、お互いの振り子時計を一度止め、また「せーの」で動かし始めた

やっぱり一緒に揺れたほうが心地いい

歩幅も無理に合わせず、一度止まってまた揃えて歩き出したほうが気持ちい

話し合いとは、一度止まってまた一緒に歩き出すための調整なのだろう
日々の会話は、お互いにずれが無いか確かめる為に必須なのだ

そうやって適度にメンテナンスを繰り返して並んで揺れ続けよう
そしていつか、ふたりのペースを見つけよう

自分は自分で、乱れないように命の母を探しに行くのだった…




ちょっと前に結婚してから1周年を迎えました🌷︎
わかった気にならずにお互いのことをその都度理解し合って過ごせたらなと思います

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?