機会損失を防ぐために

今後、機会損失を絶対にしない」ということをここに誓いたいと思う。ここ数週間で2回も絶好の機会を逃してしまい、反省も込めて書き留めておく。

まずは先日オペラを観に行ったときのことだ。オペラハウスには珍しいことなのだが、隣に20代半ばくらいの人が1人で座っていた。1人でオペラに行くというだけでクラシック音楽好きの可能性がかなり高く、話したくて仕方がなかった。

ただ抵抗感を感じてしまって、ついに声をかけることができなかった。ひょっとすると、あの時話しかけていれば音楽好き仲間が増えたかも知れないのに…(もちろん、話しかけることによって気分を害されてしまう可能性もあるので注意は必要だが)

もう一つのエピソードは、先日会社でとある説明会があったときのことだ。某企業の代表の方がスピーカーだったのだが、その方が私と同じ高校出身だったのだ。私は嬉々として話しかけるタイミングを伺っていたのだが、適切なタイミングがなく、同じくついに話しかけることができなかった(後に知ったことなのだが、その人は母校愛がかなり強いそう)。

何らかの機会がやってきたときに勇気を出して一言話しかけさえすれば、それが無に帰すケースが大半でも、大袈裟に言えば、自分の人生を良くも悪くもがらっと変える出会いになるかもしれない。

世の中(特に日本)では、こういった機会損失がかなりの頻度で起こっているはずだ。そのことは、誰もが口にする「あの時ああしていればよかった」という言葉に象徴されている。小学生でも知っている言葉を実行できないのが大人なのだ。

欧米に行くと、比較的みんなおしゃべり好きなので、どんどん話しかけてくる。先程書いたようなコミュニケーションにおける機会損失は極めて少ないはずだ。例えば、私がフランスでSonyのカメラをぶらさげなざらスーパーで買い物していたときは、店員に「自分も同じカメラ持ってるよ」と話しかけられ、その流れで一緒にディナーを食べたことがあったし、アメリカではトイレで手を洗っていたら話しかけられ、そこから30分程度立ち話をしたこともある。

些細な例だが、欧米は日本に比べて知らない人に話しかけないことの機会損失は段違いに少ないのだろう。今の自分にとってはそれが非常に羨ましい。

前もnoteに書いたが、日本や日常の空間に染まり過ぎてしまっているので、そういった文脈から解放される何らかの体験が必要なのだろう。

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