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木曜日連載 書き下ろしチョイ怖第二話『Re:Co゠miu』 第七回

 初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 こんにちは、あらたまです。

 木曜日は怖い話の連載。
 第二話は【御愛読感謝企画】です!!
 テーマは『オバケよりヒトが怖い』ですが、ところどころに「クスッ」と口元がほころんでしまうかもしれない仕掛けを施して、皆々様にお届けします。
 連載一回分は約2000~3000文字です。
 企画の性質上、第二話は電子書籍・紙書籍への収録は予定しておりません。
 専用マガジンは無期限無料で開放いたしますので、お好きな時にお好きなだけ楽しまれてくださいね。
 ※たまに勘違いされる方が居られるとのことで、一応書いておきますと『無期限無料の創作小説ですが、無断転載・無断使用・まとめサイト等への引用は厳禁』です。ご了承くださいませ。


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【第七回】

 そういえば――

 彼はふと気になって、オーナーに話しかけた。
 隣の、みゅうの部屋のドアを顎で指し示し、
「最近、ツンケン姉ちゃん静かっすね。挨拶程度に顔を合わすこともないから気がつかなかったなあ」
 ツンケン姉ちゃんとは、彼とオーナーだけに通じる隠語のようなものだ。木で鼻を括ったような態度で一向に隣近所と馴染もうとしない彼女の事を、いつしかそう呼ぶようになっていた。
 似たような恰好をしたがる不愛想な奴ばかりのここ東京で、右も左もわからなかった頃の彼も、心が乾くに任せるしかなく地面を見つめて唇をかみしめる他なかった。その記憶が未だ鮮明だからこそ、周囲に打ち解ける一歩を未だ踏み出せてい無さそうなみゅうに対して、多少の憐憫の情も込めていたのかもしれない。

「やっぱり?ちょっと静かすぎるよねえ」
 オーナーが声を潜めた。
「ここんとこしょっちゅう来てた宅配業者も来てないみたいなんだよ」
「あーあー……言われてみたら。そういや、そうねえ。ちゃんとつぶしとけ!て別の部屋のやつと揉めてた、廊下にそのまま山積みの段ボール。数こそ減ったけど、その後も二つ三つはここら辺に、あったじゃないすか。アレも廊下に出てないや」
「アレ、何回か片付けてやったんだよアタシ。次やったら怒鳴り込んでやろうと思ってたんだけど……あんまりアタシの立場で言うのもなんだけどサァ、生きてんのかしら?」
 オーナーと二人、徐に、見合わせた顔を名前の入っていない表札へと向けた。
 耳の付け根の当たりから、苦みを伴った曰く言い難い何ものかが、下顎から首筋を伝い鳩尾へと流れ込んでいく。
 突然、彼女は彼の腕を掴み、エレベーターホールの死角へと小走りに引っ張っていった。
「嗚呼、いやだ。いやだよぅ……事故物件で有名になるなんて御免だよ」
「俺だっていやですよ!隣が心霊スポットなんて」
 すると、オーナーはポカンと口を開けて、暫し呆けた。
「アンタ、何言ってんの?」
「はい?」
 二度、三度と。
 互いに互いの目を覗き込みながら瞬きをする。
「あれ、何で知らないの。あの部屋、ツンケンちゃんの前の子は夜逃げしちゃったんだよ。二年は経ってないけどねえ……ツンケンちゃんと同じ年頃の女の子でね、身元保証人が黒に近いグレーっていうかさなんとも怪しいカンジだったけど、挨拶がしっかりできて気遣いもできる子でねえ。すっかり安心してたらある日突然だよ……家出か事件か、警察でも見当が付かないって言われてさ、暫く貸し出してなかったんだ。捜索願が出されて、ようやく――」
「ええええ、聞いてねーっすよぉ」
「なによ、アタシのせいだっての?不動産屋が話すんじゃないの、こういうの」

 彼がここに引っ越してきたのは五か月ほど前。隣近所で失踪者が居ても、事件性無しということで不動産屋も告知義務は無しと踏んだのか……。

 ンだよ、どうりで条件の割には家賃が絶妙な手頃感出してると思ったぜと、彼は腹の中で大いに悪態をついた。
「家賃は銀行振込だったからね、気がつくのが遅かったんだよ。連絡が付かないって元カレ?とかいうのが訪ねてきて、びっくりして部屋に案内したら、鍵もかけてなくてね。荷物も何もかも、そのまんま。ちょっとその辺歩いてきます、みたいな雰囲気のまま居なくなっちゃった。しかもその子ったら内緒で猫を飼ってたみたいでねえ!猫のトイレ、おもちゃ、餌と水。全部残ってた!うちはペット禁止だってのに、ほんとに油断ならないよ」
「え……俺、アレルギーあるから困るんすよねえ。動物園で虎の檻の前通っただけで目が痒くなる。ベランダ伝いに猫の毛とか勘弁っすよ」
「そうそう、そういうトラブルが困るから。店子が入んないからってんで、最近はあちこちペット可にしてるけど、うちは禁止ってことにしてんのよ。でもねえ……妙なんだよ」
「え、何が?」
「部屋に在ったのがさ、猫の飼育用品だけなんだよ。猫はどこにも居なかった。黴だらけのエサが置いてあったし、異様に獣臭かったからヤラレター!て頭に来たけどねえ。一緒に連れて出てったのかねえって、不動産屋と話したんだけど、それでもなーんか変だったんだ。
 でさ。いざ新規に店子を入れようってことになって、頼んだリフォーム業者が首を傾げてアッ!となったわけ。
 いくらうまーく隠しながら猫を飼うって言ってもよ?獣がちょっとでも住んでれば、なんとなくわかるもんなのよ。猫なんて、壁やら家具で爪とぎしないようにいくら厳しく躾けたとしても、フローリングには歩いたり走ったりで特有の細かな傷が付く。どんなにきれい好きな飼い主だって、クッションや椅子の座面なんかに猫の毛が一本や二本、引っ付いてるもんなんだよ?言ったろう、部屋の中は生活感そのまんま、人間だけが居なくなった感じだったのに、そういうさ……なんてんだろうね、猫の生活感が無かったんだよ」
「なんすか、それ。もしかして怖い話?」
「だーれが怪談だって言ったよ?本当にあった、ちょっと変な話ってだけさ。勝手にオバケにすんじゃないよ、まったく……事故物件だけはほんとに勘弁してほしいんだからさあ……ツンケンちゃんよりも愛想良し、たまーにアタシの部屋でお茶したりもしたんだよ。どっかで元気にやっててくれたらいいんだけどねえ、理子ちゃん」


 前の住人が生きているのか死んでるのかもわからない。
 そんな部屋に一人籠りきりで、みゅうは穏やかな表情を浮かべていた。
 薄気味悪いほど静かな笑みを口元に貼り付かせ、皿の上に油を切ったツナ缶の中身を広げた。
「うちの猫、ほんと良く食べるんだよねえ……と」
 うふふ……。
 画面が蜘蛛の巣状にひび割れたスマホを握る。
 久しく手入れされなくなって、二枚爪がそのままになったその手で、彼女は【空になった皿】を写真に撮った。


※ ※ ※ ※ ※ 


 理子のアカウントにDMが届いた。

 『いつも応援ありがとう。あなたのアカウント、見ているととても共感できる部分が多くて、正直驚いています。なんだかわたしたち姉妹みたい!って。わたしね、前から夢だったシェアハウスをオープンしようと思ってるの。わたしを応援してくれるフォロワーさんの中から、スタッフに抽選してもらって、あなたが選ばれたのよ。良かったら、今から送る住所に、見学だけでもどうかしら――』

 理子の目が大きく見開かれ、スマホを持つ手が震えた。
 年上の、身分も人格もしっかりした、若い女のそつない扱いを心得ている男に、フレンチのディナーに誘われたときよりも遥かに高揚していた。

「うそみたい。こんな事、ほんとにあるんだ……」

 うまく出来過ぎてる。
 もしかしたら、なりすましかも――

 そんな彼女らしい用心深さは、次に届いたMYCOからのDMで吹き飛んだ。
 滅多に自撮りをしないMYCOが、スタッフと思しき男女とともに撮った画像を添付してきたのだ。総勢五名。キャンプ場だろうか?生い茂る樹々に囲まれた日当たり良好の広場で、全員がサムズアップしながら満面の笑みを浮かべている。
 大小の、漬物石に似た角のない石が、何かの規則性に従って並べられているのはどういった意図があるのだろう?
 新しい畑の用地か、施設を作る算段中なのか。
 それにしても――何故、全員が全員、足首まですっぽりと覆う丈の黒いガウンを着ているのだろう。

 ツッコミどころは多々あった。
 しかし、止めの一呪。
 その効果は覿面だった。

 たった一行添えられた『みんな【RICO】ちゃんが来るの待ってるよ』のメッセージが、理子の思考の何もかもを甘く、軽やかに溶かし去った。

 彼女は――数日分の着替えをキャリーバッグに詰めた。
 夢うつつ。果たして、彼女の心模様、思考の状態を外側から形容するに相応しい言葉は、それが適切だったのか否か。
 ぼんやりとした眼差しと、幽かに緩んだ口の端は、もしこの部屋を貸しているオーナーが見れば或いは……。
 「見学だけだから。すぐに帰るから、イイ子にね。あの『ババァ』がすっ飛んでくるから、あんまりニャーニャー鳴いちゃダメだよ?」
 100均で買ってきた花柄の小皿に、猫用の、焼き締めた粒餌をカラカラと落とした。小鉢の水も入れ替えた。
 「ふふ……そうだよ。イイ子にね」

 部屋には、理子以外に、何の気配もしない。
 なのに。
 粒餌は、空中にふいっと、消えた。
 一粒、また一粒と、消えて……。


【第八回】に続く


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 それでは。
 最後までお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
 次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ

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