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【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第二回【書き下ろし】

 初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 こんにちは、あらたまです。

 木曜日は怖い話の連載。
 第三話は第二話に引き続き【御愛読感謝企画】でまいります。
 テーマは『御蕎麦屋さんの話』です。
 読者様アンケートにお答えして「憎めない、愛着湧くような妖怪」が出てきたり「悶絶するような、美味しいアテ」で皆々様の唾液腺をぐいぐい刺激したり。その合間に「チョイとだけ怖い」思いを楽しんでいただけるような……そんなお話を目指します。
 連載一回分は約2000~3000文字です。
 企画の性質上、第三話は電子書籍・紙書籍への収録は予定しておりません。
 専用マガジンは無期限無料で開放いたしますので、お好きな時にお好きなだけ楽しまれてくださいね。
 ※たまに勘違いされる方が居られるとのことで、一応書いておきますと『無期限無料の創作小説ですが、無断転載・無断使用・まとめサイト等への引用は厳禁』です。ご了承くださいませ。

神田まつやの花巻 (神田須田町)


【一把目】本日も開店~後編~

 百五十センチにも満たない背丈のおばあちゃんは、産まれてすぐからそうだったようにきものを着て、その上から真っ白な割烹着を重ね、耳下で切りそろえた胡麻塩頭を真っ白な三角巾で整えている。

 昔話から飛び出てきたような口数の少ない彼女が、ここでいつから御蕎麦屋さんを営んでいるのか?正真正銘実の孫である私にも、実のところ、おばあちゃんについての詳しい事はよくわからない。
 出身地、生い立ち、兄弟姉妹が居るのか?居ないのか?
 叔父(父の弟)が亡くなるちょっと前に、おばあちゃんに関する諸事情を叔父にこっそり訊いた事があるような気もするけれど、覚えてないということはちゃんとした答えを聞けてなかったのかもしれない。

 おばあちゃんに関する不思議なことは、まだまだある。

 一番の不思議は、やって来るお客さんの、その時に一番ピッタリ食べたいもの、その時に食べるべき一番ふさわしい一品を、違えることなく作って出すことだ。

 あの日、私に出してくれたかき揚げに、どんな意味や効能があったのかは分からない。
 だけど、私の涙を乾かし、この場所で世話になる決意を固めたきっかけになったことは揺るぎのない事実だ。
 私にとって一番ふさわしかったのは、間違いなくあのかき揚げであった。

 食べ終わって晴れやかな顔になったのだろう、勧められるまま風呂に入ってさらにサッパリした私に、おばあちゃんはそうそう、と付け足した。

 「いいこと?好きなだけここに居てもいいけど、ずーっとここに居座るのはいけないよ?ヨウちゃんはいつか、ここを出て遠くに行くんだからね

 

 開店合図の暖簾出しを終え、店内に戻った私は大きな一枚板のテーブルを拭き上げる。
 このテーブルは、開業当時から通ってくれてる常連さんが寄贈してくれたものらしい。亀の甲羅のように、こっくりと艶めいていて、いったいどのくらいの日々をかけて磨き込まれたものなのか?

 長辺の一辺を壁にぴたりと付け、残りの三辺に沿って囲うように丸椅子を配置してある。合計して七脚。この数もおばあちゃんの強いこだわりであり、お店とおばあちゃんに関する不思議の一つだ。
 丸椅子はどこの店でも見かけるような、極めて平凡なビニール張りのもの。
 ケミカルな座面と、年輪の一本一本までもが飴色に輝くテーブルは一見対照的過ぎて似つかわしくないように思えるけれど、このこじんまりとした御蕎麦屋にある限りは、収まるべきところに収まっているというか実にしっくりと来る。

 このテーブルと椅子。
 そして、特別な設えではないけれど、テーブルと椅子を在るがままに内包している壁と床。
 見逃してしまいがちな路地に面していて、そこに輪を掛けるようについつい見逃されがちな小さいお店だけど、饗したお客様の数は計り知れない。私の涙だけでなく、大勢の御客のさざめき声やため息も受け止め吸い取って、打ちたての御蕎麦の風味と御汁の旨味で包み込んできた。

 

 ――ふふん。そのとおり、さ。

 

 低いささやきが、布巾を持った方の腕の肘下から聞こえた。気がした。

 まただ、と思った。

 このお店では、時折、こういうことがある。慣れないうちはすぐに振り向いてしまったもんだけど、おばあちゃんはおろか、誰も居ない。
 誰も居ないとなると、余計に気になる。
 おばあちゃんにそれとなく話してみても、そんな事もあるかもねえ……と真面目に取り合ってもらえない。

 けれど、これはこれで、良いかもなと思う。

 ちょっと不思議なところのあるおばあちゃんと、時たま不思議なことがある小さな小さな御蕎麦屋さん。
 今は私とおばあちゃんの二人きりのはずなのに、どこかふわりと、大所帯で暮らしているような賑々しい雰囲気を感じることがある。
 それが下町特有の人情というものだ……と笑って教えてくださった御常連さんがいたけれど、人情とはちょっと違う気もする。
 人情は心のふれあいから生れる、輪郭がモヤモヤした概念のようなものだと思う。けど、私が感じているのは、もっと具体的で……変な話、触ろうと思えば触れそうな、実体を伴ったものだ。
 触ろうとして、振り返ると、居ない。
 居ないけど、触れそうな気配はある。

 おばあちゃんやお客様たちと同じく、この絶妙な距離感を保つ【不思議】は不思議であるが故に優しい。

 いつか、この店を出て自分の人生を独りで歩まなければならなくなるだろうけれど、その時が来るまできっと私は大丈夫だと思えた。
 必ず大丈夫な人間になれる日が来ると信じられる気がするのだ。
 不思議な事なのだけど【不思議】な物事が導いてくれているような気がしている。

 

 不意に引き戸がガラガラっと威勢のいい音を立てて開いた。

 「いらっしゃいませ」
 「二人なんだけど」
 「ハイ、こちらのお席にどうぞ」

 サラリーマンの二人連れを席に通し、お茶と熱く蒸したおしぼりを出す。  
 おばあちゃんが厨房からこちらを見て、安心したようにニコリと笑った。

 ――うん、大丈夫。

 私は、日に日に元気を取り戻している。のだろう、と思う。
 手応えがあるか?と訊かれたら、無いかもしれない、と答えてしまうけど。
 少なくとも、一見さんにびくついたり取り乱すことは、だいぶ数が減ってきた。

 おばあちゃんだけが懇意にしている、妙なお客様の御相手も少しずつだけど慣れてきている。

 そういうお客様が来るときは、何故かおばあちゃんが厨房から出てきて、暖簾を裏返しにするからすぐに分かる。
 最近ではおばあちゃんの身振りや目配せ一つで、私が暖簾を返すこともある。
 どういう仕組みなのか?おばあちゃんは何を察してそうするのか?
 私にはサッパリわらないけど。 

 営業時間真っ最中でも、この決まりは絶対だ。

 今、おばあちゃんが黙って出したざるそばを、何の疑いもなく手繰っているサラリーマンの二人組は、自分たちがオーダーを出していないことに気付いていない。

 「そういえばさ、この前、この店を教えたヤツが妙な事言ってた」  
 「なんて?」
 「休みの日に、たまたまここの傍まで来て、そういや蕎麦屋があるって聞いたなあって思い出してな。腹減ってたし蕎麦好きだからって来てみたら、蕎麦屋どころか建物自体が見つかんなかった、とか言うんだよ。そんなことある?女将さん」

 おばあちゃんはニコニコしながら、ただただ頷くばかりだ。
 

 

 ほんと、どういう仕組みなんだろ?

 お店が見つかんない?
 実はこの話、聞くのはこれが初めてじゃない。
 なんなら月に二度ほど聞くことがある。お話しくださるお客様同士は全く、なんの接点も無いみたいなのがこれまた不思議。
 中には何度か見つけられない日が重なり、悔しくて通ううち、ようやく辿り着けた!と仰る方もいらっしゃる。

 おばあちゃんはこの仕組みを判っているのかもしれない。
 仕組みはわかってなくても、どういう理由でそうなるのかは知っているのかもしれない。
 私にはよくわからないことも、わからないなりに、おばあちゃんが全てを承知しているのなら大丈夫。
 何故だか妙に、そうやって安心してられる。

 おばあちゃんが笑って、迎え入れているのだ。
 それでもって、お客様に最も相応しい一品をちゃんと、違えることなくお出ししているんだもの。

 みーんな、大丈夫。
 だから……本日も開店、しております。


 【一把目はこれにて……】


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 それでは。
 最後までお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
 次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ

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