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ウダブノの洞窟壁画 第2話



セーブポイント01 [イネの道]

 2日目の朝。昨日歩いた道の内、始めの1時間は正しい道であった。そして昨夜の入念な読図から、国境警備隊のオフィスへと通ずるわだちを歩き始めるよりも2kmほど手前から西北西に進路を取らないといけないと分かっていた。しかし航空写真の地図を確認しても目印になるものが何もなかった。その地点までの道はあくまでも村の郊外の草原地であったから、馬小屋やソ連時代に建設されたであろう廃墟が数軒あり、それらを頼りに位置確認ができたのだ。しかしそれより先にはいよいよ何もない、一方でその空白地帯の先にも羊飼いの家だと思われる家屋を航空写真で見かけた。

ウダブノの村の外れにあった廃墟
Camera: Nikon F2 [Film: CineStill 50Daylight Fine Grain Color Negative Film]
ウダブノの村の外れにあった廃墟の内側から、放牧中の牛たちを望む
Camera: Nikon F2 [Film: CineStill 50Daylight Fine Grain Color Negative Film]

 私にはある考えがあった。ウダブノから洞窟壁画に向かうには大きな丘を迂回しなければならないので、航空写真で見た家屋に住むであろう村人たちは、必ずこの丘を行き来するはずであると考えた。そうであるとしたら皆バラバラに好き勝手な道を行くはずがない。羊飼いたちが日々の生活で通るのならば最短ルートか、もしくはアクセスの良い道を自ずと選ぶはずであり、何かしらの痕跡が残るはずだと私は考えていた。

 まずその「何かの痕跡」を見つけるため、10、20分歩いては、また確かな道まで戻るというマッピングを2時間ほど繰り返したと思う。すると、一箇所だけイネ科の植物の背丈が周りと比べて一段だけ低い道の様な通りを遠くに捉えた。「あれに間違いない!」アテもなく無限に広がる草原を歩き続けるのは意外にも大変だ。それに加えて、違うと分かればかつていた場所に戻らないといけないのだから余計精神的にキツイ。そういう時に手間を省こうとして来た道を戻らずに、他の可能性を探ろうとすると迷子になってしまう確率が高くなるので絶対にしてはいけない。カナダのロッキー山脈でトレッキングした時にルートを失った私はそのタブーを犯してしまった事があった。当時は地図があったので何とかトレイルに戻る事ができたが、その失敗体験を踏まえて私は必ずセーブポイントまで引き返すことを徹底していたので余計疲れていた。だからその「イネの道」を発見できた時とても嬉しくなり、とりあえず地面に座って一服した。

 その背丈の低いイネの道を進み続けると、すぐに井戸の跡や家畜用の水飲み場の残骸を見つけた。井戸は完全に枯れており、コンクリートも風化してたが人工物があるとう事実が私に安心感を与えてくれた。右手に目印としていた大きな丘を見ながら、少しづつ西北西へとイネの道が膨らんでいく。「間違いない!この道で合っている!」iPad のスピーカーから大爆音で音楽を鳴らしながら次の目印を探して歩き続けた。


腰の高さまでのイネが生い茂る草原
Camera: Toy Camera [Film: LomoChrome Turquoise]



セーブポイント02 [囚われた墓]

 それから1時間ほど歩くと少しずつ下り坂になっていった、そして丘を迂回した先には想像もしていなかった景色が広がっていた。と言っても結局はステップ気候の草原砂漠地帯であることに変わりはないのだが、その丘の北と南では大地のテクスチャが異なっており、よりゴツゴツとした岩山があった。私は小高い丘の尾根にいたため、それまでよりも遥か先まで見渡せる。昨日見たイネ植物の淡い若竹色の幻想的な風景とは変わって、ゴツゴツとした岩肌の風景に緑がかった若葉色の草木が生えており、その奥にはポツポツと複数の家屋が見えた。南西の方角に目をやると遥か先にアゼルバイジャンとの国境線が見える。なんて壮大で牧歌的で、同時に排他的な風景であろうか。私は荷物を下ろしてフィルムカメラのシャッターを切った。

丘を越え、南西を向いた景色
写真中央の丘には左奥へと伸びるアゼルバイジャンとの国境線が映り
その手前には100匹を超える羊の群れと、左手には放牧中の馬に乗った羊飼いが映る
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]

 ひと休憩を終えてまた歩き始めると何やら背丈ほどの檻に囲まれた石碑が目に入った。どうやら墓石である(と思う)。一体どんなストーリーがこの墓石にはあるのか、そんな事はあまり想像せずにひたすら先に進んだ。丘の上から遠くの方を見ても洞窟を掘れそうな小高い岩山は一切見当たらず、まだまだ旅路は長いと分かっていた。午前中にイネの道を見つけるのに手間取ったので、今日中に洞窟に辿り着く事は不可能だとわかっていた。だからこそ今日はなるべくエリアを探索して、目印となるものを探しておきたかった。

ステップ気候の砂漠地帯に突如現れた高さ1mほどの石碑
錆びついた装飾のあるフェンスに囲まれていた
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]


道草 : 鉱石への愛


 下り坂は楽である、すぐに谷底の様な地層の荒野に出た。道中やたらキラキラと太陽の光を反射する石を見かけた。雲母の様にも思えたが、それは鉱石のかけらだった。砂漠地帯のお昼時だったから太陽の光はギンギラギンに大地を照らし、その鉱石のかけらは「俺を見てくれ!」と言わんばかりに私の目に反射光をぶつけてくる。その多くは取るに足らない小さな破片であった。しかし谷底に進むにつれて、だんだんとその破片が大きくなっていった。「おっと、これはもしかしてあるんじゃないか?」と俺の中の少年心が溢れ出て来た。私の夢の一つは自分の足でラピスラズリを見つけることだ。なぜラピスラズリなのかって?それは浪漫だからだ!大学時代に中国の敦煌近くにある莫高窟やエジプトの王墓を訪れた時、その美しい壁画に驚愕した。何千年も前に工芸師達が塗った顔料が保護ガラスなしで自分の目の前にあった。かつてラピスラズリは金より高価に取引され、唯一の産地であったアフガニスタンからシルクロードを陸路で経由して西は日本、東はヨーロッパにまで届けられた。何千年も昔、自然染料で色を染める技術も十分に発展していなかった時代にあの深い青色の鉱石を見たエジプトの王は「この高貴な色こそ、我が文明の芸術を後世に伝えるために相応しい色である!」そう思ったに違いない。ナイル川の氾濫と共に発展して来たエジプト文明、その川の色とも空の青さとも全く異なる、この世の青を全て集め凝縮して魅惑の青色の要素だけを絞り出したかの様な、あのミッドナイトブルー、、、
その石を手の上に置けるとしたら、、、目玉が吸い込まれていってしまうだろう。

王家の谷にあるラムセス 5 世・ 6 世の墓
(天井に映る青い色がラピスラズリ)
Pillared hall in the Tomb of Ramses V and Ramses VI (KV9)
Nova13, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
敦煌莫高窟壁画第254窟
(写真に写る緑がかった青い顔料がラピスラズリ)
Tathāgata Buddha: painted sculpture and murals. Cave n ° 254, central pillar and North wall. Northern Wei dynasty (386-534). Mogao caves. 
Ismoon (Talk) 12:29, 6 February 2020 (UTC), CC BY-SA 4.0  via Wikimedia Commons

 また中国大陸最大のタクラマカン砂漠に程近い場所にある敦煌莫高窟においては、そもそも水がない。雲ひとつないような澄んだ水色の青空が広がるが、空の青というのは悲しいことに当たり前すぎてそれだけでは人々はあまり感動しない。人類が空をよく見上げてきたのは朝焼けや夕焼け時である。明日にもまた太陽は昇り同じ自然現象が起きるのだと知っていても、夕焼けのなどは瞬間的に終わりを告げるが故に、時間の儚さの思い出補正が加わって、ようやく我々は空の青さの偉大さに気がつけるのだ。しかしラピスラズリは手で持てる。我々は美しい青空に覆われて暮らしているのに、手のひらに乗る小さな鉱石の青色に引き込まれてしまうのだ。ラピスラズリに限らず私は鉱石に惹かれる。餓鬼の頃、それも記憶が曖昧な時代に、働く車(パトカーや救急車、ショベルカーなど)の図鑑や、宇宙や銀河系の写真を見た様に、鉱石図鑑に夢中になった。もしそんな過去がない人であっても、大人になってからジュエリーに憧れる人も多いと思う。「なぜあんな石ころにそんな大金を払うのか俺には分からん。」という無頓着な輩も、ベルサイユ宮殿にあるティアラやカルティエの本気のジュエリーを是非その目で見てみて欲しい。この世にこれ程美しい色が自然の営みの過程で誕生したかと思うと、口を開けてガラスケースの前で棒立ちしてしまうはずだ。現代ではスマホのスクリーン上でありとあらゆる色、それも名前を聞いたことのないような色さえも見る事ができる。それに町中にはビビットな色の広告が溢れ、人工染料のおかげで自然界では見ないようなネオンカラーの色の服など様々な色が暴力的に目に襲いかかってくる。しかし想像してみてほしい、麻糸や毛糸で織った衣服に身を包み、家の壁も食器も土の色をしていて、庶民が得られるハッキリと分かる色という色は炭から得る黒色と、麻で染める藍色、赤土の赤色しかなかったような生活の中で、鉱石のあの毒々しい魅力的な色を発見した時の感動を! 確かに自然界に色はあふれている、草花の美しい色がある。しかしそれらの色は永遠ではないのだ。夏には満開の花畑も秋が終わるころにはあたり一体枯れ草色となる。自然染料で布を染めたことのある人なら知っていることだが、花で染めた布はあの美しい色にはならない。だから、ルビー、サファイア、アメジストのような綺麗な色を当時大地の中で初めてみた人々は、人智を超えた存在がこの星に送り込んだものだと勘違いしたとしても仕方がないことかもしれない。それに多くの鉱石はただの石ころの中に隠れているのだ。外側から見るとなんの変哲もないフツーの石であるのに、それを割ると中にはアレが隠れているのだ。桃を切って赤子が出てくるのと同い位のびっくり仰天具合だ、、、
 少し鉱石の愛を語りすぎてしまったが、そんなことで僕は、 “自分の足で探す”鉱石が好きだ。そして今まさにクリスタルを発見できそうな地層の上を歩いているのだ!

かつての川底と思われる地層
深い所では5m程の谷となっており、幾層もの地層が表に姿を見せていた
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]

 丘を下っていき岩のゴツゴツした砂漠地帯をさらに進んでいくと、かつて川底であった様に見える地層を見つけた。それまでの道中も下ばかりみてキラキラと反射する小石を拾っては捨ててを繰り返して歩いていたが、その地層のエリアに入った途端、見つかる鉱石の大きさが倍になった。私はカバンを地面に放り投げると、ピアスを片耳無くしたのに気がついたら女性が辺りを探す時の様にして特大の鉱石探しを始めた。


セーブポイント02 [鉱石発掘場]

 探索を始めて、わずか10分足らずで、小石程のクリスタルがいくつも見つかった。こんなにも計算通りに見つかるとは思ってもいなかったので興奮しっぱなしである。そうしている内にラグビーボールより一回り程大きな石を見つけた。そこには内側に空洞のある様な(宝石店でよく見かけるアメジストの様な形の)クリスタルが何個もその石の中にめり込んでいた。宝石店では売ることもできない様なCランクの形だ、しかし私にとっては宝石だった。あまりにも大きすぎたので私は近くにあった硬い石に打ち付けて手頃なサイズになる様に粉砕した。形は歪であったが、1番大きなサイズのものは自分用に、もう一つ大きなものはホステルのオーナーにプレゼントした。レストランの棚の上に置いて来たので、もしこの記事を読んでウダブノのホステル「Oasis Club」に行く人がいたら是非とも安否確認をして、メッセージをして来てほしい!その他の小さなクリスタル達は、旅で世話になった人や親友への土産物としてプレゼントした。まだほんの少しだけ残っているので、欲しい人は個展や展示会の時にでも声をかけてください。

粉砕する前のクリスタルが混ざった大きな岩
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]


セーブポイント03[火をつけろ]

 鉱石探しを終えた私は、ふと我に帰った。「道草を食い過ぎた!」もう昼の13時である。洞窟に辿り着けないことはもう分かっていたが、それでもまだもう少し前には進んでおきたかった。しかしあろうことかまた道を見失ってしまったのだ。地図を確認すると先ほどまでいた川底を越すことはわかるのだが、そのあと北西に向かわなくてはならないはずだ、しかしその方角には小さな谷があり。10m程崖を下らなければならず、現地人達がそこを下るとは考えにくかった。迂回するルートがあるはずだと思ったが腰の高さまであるイネが視界を邪魔して、わだちらしきものさえも見つけられない。
何度も強引にイネの中を突きっ切ろうとしたが、辺りは湿地帯になっていたため、誤って足を沈めてしまう危険性を感じてそれも諦めた。それからまた何度も行っては来ての繰り返しのマッピング探索が始まった。すると一本のわだちを小高い丘の上に見つけた。しかしその道が進んでいく方角は私が進むべき方角とは40度程西側にズレていた。おそらくこの道は違う。そうわかっていたものの、腰の高さまであるイネの道を、足場を確認しながら一歩一歩進み探索することに疲れていた私は、なにも考えずにそのわだちを進む事とした。

車のわだちが遥か先まで伸びていく
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]

 40分ほどわだちを歩き続けると200mほどの先に車を一台見つけた。その横に大きな家があり、その脇には馬小屋のような施設があった。そしてシェパード犬が吠え始めた。どうやら住人がいる様だ、彼らに現在位置を教えてもらおうと思った私は、シェパード犬の恐ろしい吠え声を我慢しながら家に近づいて行った。シェパード犬も私に近づいて来た、しかし、それでも私は歩き続けた。家の玄関が見えたと同時に、小学校低学年ほどの少年が玄関口からこちらを覗いているのがわかった。その距離は100m程、彼に手を振りながら近づこうとした時、扉の脇に隠れていたおそらく母親であろう女性が顔を隠しながらこちらに「来るな!!」とジェスチャーで伝えて来た。手の甲をこちらに見せながら、おいで、おいでの逆向きに左手を振ってきた。「マジか、、、」そこまで警戒されてしまうものか、、、と内心思いつつも、おそらく主人が放牧に出かけているとかで、その時、家には幼い少年と母親しかいなかったのであろう。見知らぬ男性の旅人はおもてなしできないと言うのなら仕方ない、200m離れていてはジェスチャーで道を聞くこともできない。何度か距離を縮めようと近づいてみたが、母親は依然、扉に隠れ続け姿を見せない。これ以上は失礼に当たると判断して、私はシェパード犬が吠えなくなるであろう方向に進み続けた。


左手に映る自動車と母親と子供がいた家屋
右手には貯水池、奥にはアゼルバイジャンとの国境線の堀が映る
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]


 小高い丘に上がるその家屋も見えなくなり、犬も吠える声も聞こえなくなった。「ふ〜、、、」そこで私はエネルギーが尽きたのが分かった。今日の探検はここで終了だ、折り返そう。そう思い立った私はザックを下ろして昼食を取ることにした。オーナーに用意してもらったパンとコーラを食べながら、道中思いついたアイデアをノートに描き出したりした。食事も終わり、タバコを一本吸って帰路に着こうとした時、あろうことかライターを忘れたことに気がついた。ポケットを探しても、カバンをひっくり返してもどこにも見当たらない。「マジか〜」つい心の声が漏れてしまった。しかし私はどうしてもそこで吸いたかった。先ほどの母親の件で、私の心は少し折れていた。なんてことはないのだが、あたり一体何もない土地で唯一発見した人間に会うことすら断られた、現在位置がわからずにいたので(帰り方は分かる)、否定されたという事実のせいで心の中にはドヨーンとしたダークサイドの風が吹いていた。だからここでどうしても、この壮大な大地を独り占めしながら、好きな曲を爆音で鳴らしながら、タバコを一本吸いたかったのだ。ライターはない、ならば他に火をつける方法はないかと頭をフル回転させた。カバンの中にはヘッドライトがあった。道に迷ってしまい日が暮れた時に歩ける様に入れて置いたのだ、つまり単4電池がある!後はスチールウールかガムの包紙があれば!と思ったが、そんなものあるわけが無い、、、諦めは肝心、ニコチン中毒者になるのはごめんだ!と思い荷物をまとめて帰ろうとした時、首にぶら下げているフィルムカメラのことを思い出した!俺には天下のニコン様の単焦点レンズがあるじゃないか!!しかも時間は昼の14時!太陽が1番地球を照らしている時だ。私はカメラ本体からレンズを取り外して、光線の向きに垂直になる様にレンズを右手で持った。そして左手でタバコを持ちながら、先端で焦点を探った。レンズから僅か2cmほど離れた所に眩い光が集まっていた。そこにタバコを固定して待つこと30秒、タバコの葉が焼けている匂いがし始めた!「イケるぞ!!!」そう思ってそのままタバコに太陽光を当て続けると、なんと僅かにタバコの先に赤い光が見えた、すかさずタバコを口元に運び吸ってみると、マルボロの味。「吸えた!」富士スカウトであることを誇れた瞬間であった。

コーラ、パン、フィルムカメラ
Camera: iPad


羊飼いの青年: Single-Serving Friend

 帰路で私はある羊飼いの青年に出会った。遠くの方で100匹を超える羊を放牧しており、シェパード犬がこちらに向かって吠えている。その青年は立派な白馬に乗っており、こちらに手を振って近づいて来た。私が旅人だとわかると、ウダブノの村の方角を指さしてくれた。英語を話せない青年、ジョージア語を話せない私、会話はなかった。しかし出会えたことがなぜか嬉しい、二人ともそんな顔をしていた。彼に写真を撮っても良いかとジェスチャーで尋ねると、少し髪を整えてから、馬がこちら向きになる様にしてくれた。「マドロバ」(ジョージア語でありがとう)と伝えると、彼は馬の腹を踵で軽く蹴ると爽快な走りで羊の元へと戻って行った。

羊飼いの青年と白馬
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]




切り取られた日常の中で
一度切りの悲しき出会い  
そこで演じる素顔の自分

サヨナラだけが人生ならば
またくる春はなんだろう



白馬に乗る羊飼いの青年と羊
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]

そして私は見慣れたウダブノへ舞い戻った
明日はトビリシの友人宅で合同展示をする
それに向けて首都へと乗り合いバスで戻る
その後でもう一度ウダブノへとやって来る
今日でおそらく半分以上の道のりを歩いた
次こそは洞窟に辿り着けるだろう

つづく、

刺繍職人/アーティスト の Pom Zyquita です
インスタグラムでは刺繍作品や旅中に描いたパステル画を載せています!
是非見に来てね!




おまけ

道中に見つけた子供のおもちゃの
Camera: Nikon F2 [Film: Film Washi S50]

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