とぼけるお馬さんの話。
ブラックスワンはサラブレッドとしては類まれな賢い子だ。
競馬とは何たるか、自分がどうすべきなのか、そして、自分がどれだけ頑張ればいいのか。
なぜか全て知っていた。
矢田調教師は、この競馬小説の常として、困惑していた。
11月のブラックスワンのデビューに向けて調教を進めていたが、どうにもこうにもペースが上がってこない。
力が足りないわけではない。また、調教の意味も理解しているように見える。
そのうえでブラックスワンは力を出さない。そう、
「とぼけている」
といった表現がぴったりだった。
ブラックスワンはわかっていた。
どれだけ頑張れば最初のレースを勝てるのか。どれだけ頑張れば自分がケガをしないで力をつけられるか。
それ以上の余計な事はしたくなかった。単純にそれはつらいだけだし、自分がケガをしやすい体ということもわかっていたので、必要以上の無理はしたくなかった。
そして、デビュー戦を迎え、2着とは僅差での勝利をあげる。スワン(もう7文字は長いから3文字にする)の計算通りだった。
矢田師は、練習とのギャップに驚いた。
スワンは普段は大人しい感じだし、人気の高い芦毛だし、なんかとぼけるし、愛されキャラの素養が高かった。
さらに驚いたのはレース後。何が気に食わなかったのか、馬運車の中で突然暴れた。
大事には至らなかったものの、矢田師の中ではだんだんスワンのことを
「愛されキャラなんてとんでもない」
のかもしれないと思うようになってきていた。
そして、矢田師は次のスワンのレースを2月にしようと考えた。
相変わらず、スワンは調教では必要に応じてとぼけている。矢田師も、こいつはこういうものなんだと気にしなくなっていた。
「わかってるな、こいつは」スワンも満足気だった。
たぶんつづく。
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