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“のんちゃん”に思いを馳せたちっぽけな薬剤師の独り言

ある女の子の闘病記を読みました。

21歳の時、大腸がんステージIVの宣告を受けた女の子。

21歳なんてとっくに過ぎ去っていて、高校生の時たかがインフルエンザに診察室で大泣きした私にはとても計り知れない何かと、文字どおり命を懸けて対峙していたのだろう。

その記録1つ1つに、私はただただ心が打ちのめされた。

この女の子を知ったのは、『笑ってこらえて』の「結婚式の旅」というコーナー。番組を初めて見たとき、私は隣にいた旦那(当時は彼氏)の目もはばからず声をあげて泣いた。涙もろい彼も目がうるんでいたけど、「そんなに?」と若干引かれたほどだ。

「だって、ステージIVとか……、絶対死んじゃうじゃん。」

感極まって泣きじゃくる私。本を読了した今思えば、なんとおこがましいことか。けど、医療者の端くれであるがゆえか、その行く末を想像せずにはいられなかった。

私は、そんな境遇でも希望を諦めないひたむきさと真っすぐな愛情に惹かれ、彼女(遠藤和さん、通称”のんちゃん”)のファンの1人としてInstagramをフォローした。

そのおかげで出版情報もいち早く知ることができ、そして本には、Instagramに明かされていなかった出来事がたくさん記されていた。

でも、それだけじゃない。書かれていたのは、彼女が向き合っていた現実そのもの。

彼女の、「ママになりたい」という生涯の夢を叶えるための妊娠。その間は抗がん剤を休薬しなければならない。無慈悲にも転移したがんは胎児より大きく成長し、「赤ちゃんの頭だと思って撫でていたコブが、お腹を開けてみたら腫瘍だった」というエピソードは、夫婦2人の気持ちを察するとあまりにもショックだった。

そして、なかでも衝撃を受けた記録は、化学療法の精神的苦痛が生々しくつづられた部分。

ケモ室に入るとむかむかするみたいなことも体験した。あとは、匂い。治療日に、たまたま病院の売店でから揚げの匂いがして吐き気。治療の日に飲んでいたお茶も吐き気。それで綾鷹が飲めなくなった。ほかのペットボトルのお茶は飲めるのに。

ママがもうこの世界にいなくても ~私の命の日記~(著:遠藤和)より

さらに、副作用についての記録。

冷たいものを触ると、すごく痺れる。ベッドの柵で、もうダメ。常温のお茶を飲んでも、のどが痺れる。ほとんど食べられない。飲むのもきつい。
(中略)
家に帰るまでが、地獄だった。青森の12月。当たり前に雪。降っていなくても、風は冷たい。副作用のせいか、手先も、足先も、痺れを通り越して痛かった。全部、画びょうを触ってるみたいだった。今日の靴じゃ雪を踏めなかった。車まで歩けなくて、遠藤さんにおぶってもらった。

同上

もちろん、薬剤師として抗がん剤の「吐き気」や「しびれ」などという副作用のことは勉強したが、それによって患者さんがどのような体験を強いられるのか、現実味をもって想像することはなかなか難しい。

こういう体験記を読むたびに、「自分は本当に何もわかっていないまま医療者をやっているのだな」と思い知らされる。

だからといって、私がいろんな人の闘病記を読み漁ったところで、どう頑張っても目の前の患者さん以上にその体験を理解できることはないだろう。なぜなら、患者さんはすでに自分で散々調べ尽くしているだろうし、だとしたら当事者にかなうわけがない。

そう考えると、薬剤師が普段ながめている統計学的データの数値や割合(%)すらも、患者さんにとっては何の意味も持たないのかもしれない……。数が多かれ少かれ、目の前の1人の患者さんにはそれが「ある」か「ない」の世界でしかなく、「たった今経験していること」がすべてなのだから。

(余談だが、このnoteを書きながら調べた静岡県立 静岡がんセンター公式サイトの「神経障害」についてのページには、「しびれのつらさ、しびれに伴う暮らしの中の不便さは、周囲の人々や医療者にはわかりにくいことです。」とはっきり書かれていた。)

じゃあ、自分たちにできることって、いったい何なのだろう。医療者として、患者さんと関わる上で本当に大事なことは?

この本に繰り返し登場する『絶対に、治る』という、一種の信念のような言葉。もしかしたらここに、1つのヒントがあるのかもしれない。

現実的なことをいうと、医療者は時には俯瞰する必要もあるし、辛くてどうしようもない事実を伝えなきゃいけない場面も多々ある。そして、私はこの問いに答えを出せるほどの経験も知識も持ち合わせていない。

いつか、自分なりの答えが出せるだろうか。生涯をかけて、自分の信念にたどりつけるだろうか。

いつまで経ってもそんな日なんて来ないかもしれないけど、私はきっと、目の前の患者さんと真っ向から向き合うことしかできない、しがない医療者であり続けるだろう。

そんなことを考えながら、遠藤和さんと、そのご家族の皆さんに少しでも幸せが降りかかるように願ってやみません。

ちっぽけないち薬剤師の独り言にお付き合いいただきありがとうございました。

⇩絶対に涙せずには読めない本作。少しでも興味を持った方は、ぜひ本編をお読みください!

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