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#12.インドネシア語

友達の一人にインドネシア人でエスペラント語が流暢にしゃべれる人がいる。

エスペラント語は世界で最も簡単な言語というのが宣伝文句の人工言語だ。英語みたいな不規則はないし、品詞は常に一定の決まった母音で終わるというルールがある。確かにこれは簡単だ。

でも、エスペラント語などよりも簡単と思える言語は世界にたくさんあると思っている。例えば、今回紹介するインドネシア語がそうだ。インドネシア語はもしかしたら世界最強に優しい言葉の一つかもしれないとさえ思っている。

今の時代、私たちは学習に時間がかかる上に、不規則なスペリングを多用する不規則だらけの言語を強制的に勉強しなければならない。なんて悲しきストレスフルな時代だろうか。そのため、仕事で契約文書の英訳を頼まれて、嫌という程専門用語に浸かったあとにインドネシア語の本を眺めると、「この言葉はなんてシンプルな世界に生きているんだろう」と思う。

インドネシア語とマレー語

インドネシア語の最も近い親戚の言語はマレー語だ。なぜ近いのか。だって、もともとインドネシア語とマレー語は同じ言語だったと言えるからだ。一つの言語だったものを分割し、ちがう言語に成長させたものだから似ていて当たり前と言える。違う言い方をすると、インドネシア語とマレー語は一つの言語の二つの異なる標準語ともいえるだろう。ただ、私自身がインドネシア語を使ってマレー語の環境で生活したことがないので、どれだけ近いのか実感がない。

そのため、ざっとファリダ・モハメッドと近藤由美の『ニューエクスプレス マレー語』を眺めてみた。印象としては確かに違うところは目立つが、全く違う言語という印象は受けない。

世の中には全くそっくりな言語であっても、国が違うという理由で異なる名前を持っている言語もある。例えばラテンアルファベットで書かれたボスニア語とセルビア語だ。このの違いを認識することは私にとって「おすぎとピーコを瞬時に判別せよ」と言われているのと同じくらい難しい。一目では区別できない。しかし、インドネシア語とマレー語はそのような言語と比べれば易しい。視覚的にも語彙的にもインドネシア語とマレー語は異なっていることが簡単にわかるからだ。

主な理由は下記の通り:

①単語が違う(恐らく借用した元の言語が違う)。
②マレー系の言葉であっても使い方が違う
③文法は一緒(だと思われる)

①の例を鑑みると、マレー半島の民族接触の複雑さを感じる。例えばインドネシア語で「本屋」は"toko buku"というが、マレー語では"kedai buku"という。恐らく後半の"buku"はオランダ語の"boek"からきたのではないかと思うが、前半がそれぞれ異なる。

どうも"toko"はwiktionaryによると閩南語の「個人商店(tho-kho;土庫)」に該当する単語がインドネシア語として一般化したものであるようだ(1)。しかしながら、マレー語の"kedai"はタミル語からの借用語であるとされる(2)。また、他の単語の例をあげると、インドネシア語で映画館は"bioskop"で、マレー語は"pawagam"だ。

このように、この二つの言語はマレー系の住民の言葉を土台とし、オランダ語を始め、中国語の方言やタミル語からの借用語などお互いに影響を受けた言語が異なった。また土着の言葉から異なる用法や語句をお互いに発展させた。そのため、お互いの語彙に違いが出たと思われる。

古典マレー語

インドネシア語の紹介で歴史にあまり時間を割くのはどうかと思うが、古典マレー語には言及したい。

Sneddonによれば、16世紀にはすでに大きく大別して二つのマレー系言語があったとしている。一つはマレー系の人々が話す「伝統的」マレー語で、もう一つはマレー系の言葉を話さなかったが、言語接触により「自分たちの言葉と混ぜて話すようになったもの」、あるいは「非先住系」と呼ばれるマレー語である(3)。

その中でもマレー半島で王国が勃興したことがマレー系言語の発展に大きく寄与した。例えばジョホール王国ではマラッカ王国の流れを汲む宮廷文化において、「古典マレー語」と呼ばれるものを成長させた。例えば、下記はジョホール王国時代に編纂された年代記『スジャヤ・ムラユ』である。ジャウィ文字と呼ばれるマレー系の言葉を書くために改良されたアラビア文字が使われている。これが今日のマレー語とインドネシア語の豊富な書き言葉文化のベースになっている。

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ちなみに、このような書き言葉の伝統がマラッカ系の王国にあったからこそ、アフリカに渡ったマレー人たちがアフリカーンス語をジャウィ文字と類似したアラビア語で書く文化を現地の宗教家たちと共有した、ということもあるかもしれない。

こういう可能性があるから歴史は面白い。アラビア文字で書かれたアフリカーンス語については、「アフリカーンス語」の紹介で読んでほしい。

Simple is the best?

インドネシア語は恐らく、世界有数のシンプルな言語だと思う、なんてったって格変化もない、動詞も変化しない。変化しない単語をだらっと一列に並べるだけなのだ。

語形変化が乏しい言語といえば、今まで紹介した言語の中でいうとアイヌ語が挙げられる。しかし、アイヌ語も名詞の変化は乏しいものの、動詞が主語に合わせて人称変化程度はする。

しかしながら、インドネシア語ではそんなことすらない。私たちの知っている言葉で常識であるような特徴が、インドネシア語ではないない尽くしなのだ。注意すべき文法事項といえば、人称接尾辞や豊富な接尾辞・接頭辞くらいだ。

まず単語は基本、語形変化しない。例えば人称代名詞もそうだ。学校の英語の授業では"I","my","me","mine"と覚えさせられた方もいると思う。しかし、インドネシア語では「私のもの」という意味での"mine"は例外として、"saya"でおしまいだ。では、英語のような意味の関連を表すにはどうすればいいのか。例えば"me"の場合、"me"の前に前置詞を置く、あるいは"my"を表したい場合は名詞の後ろに置くだけで済む。

Ini buku saya.
(これは私の本です)

動詞も形が変わらない。動詞は時制がない。つまり、動詞には時間の情報がない。そのため、副詞や助動詞を添えることによって私たちが「過去」だったり、「未来」と呼んでいる時間を表現する。また、英語では副詞を用いたり、完了形を構成するところをインドネシア語では助動詞でまかなう。

Saya akan pergi:(私は行くつもりだ)
Saya belum pergi:(私はまだ行かない)
Saya pernah pergi:(私は行ったことがない)
Saya sudah pergi: (私はすでに行った)

このように動詞を覚える部分には時間がかかるかもしれないが、全体としてシンプルな文法になっている。そのため、過去形、過去分詞形など不規則な部分が目立つ英語と比べてもスッキリした印象をインドネシア語に感じる。

ユーザー・フレンドリー・ランゲージ

以前、ハイチクレオール語の学習ビデオを見ていたら、先生が「ハイチクレオール語は動詞が人称変化しない、学習者に優しい言葉(ユーザー・フレンドリーランゲージ)なの!」と言っていた。

ハイチクレオール語もインドネシア語と同様に動詞や単語の変化が少ない言語だ。そう考えるとインドネシア語もユーザー・フレンドリー・ランゲージの仲間と言えるだろう。パプアニューギニアのピジン語もそうだ。

インドネシア語やユーザー・フレンドリー・ランゲージの仲間たちは多くの多民族、多言語環境で生き抜いてきた言語だ。私たち、人間の言葉の傾向として多民族・多言語環境ではある種の経済性が働いて、共通となる言葉をシンプルに発達させるという傾向があるのかもしれない。

エスペラント語もインドネシア語もそうであるが、英語の需要が声高に叫ばれる時代にあって、このようなシンプルな言語を振り返る価値はあると思う。なぜなら、学習時間を投資と見た場合、学習にかかる時間が少なく済む。より少ない時間で例えばインドネシア人とのネットワーク作りやマレー系言語にアクセスできるようになるのだから経済性は高いだろう。ある意味で、インドネシア語のようなユーザー・フレンドリー・ランゲージは時代を先駆けているのではないだろうか。

オススメ

文字が大きく、みっちり詰め込まれていないという意味で「ニューエクスプレス インドネシア語」がオススメできる。または「やさしい初歩のインドネシア語」も取り掛かりやすい(ただ、ボキャブラリーの羅列があるのでその点が気に入っていない)。前者は新しい本のためか内容もよくまとめられていて綺麗だし、シンプルな構成だ。

そのため、詰め込み型学習に陥りにくいと思う。後者は昔から?ある教科書だと思う。中は若干古めかしい感じはするが、複雑ではない。前者を読んだら、次は後者、その後に分厚い『バタオネのインドネシア語講座 初級―バタオネにおまかせ』などに進むといいかもしれない。

参考

(1)https://en.wiktionary.org/wiki/toko
(2)https://en.wiktionary.org/wiki/kedai
(3)Sneddo, James. N,(2003) "The Indonesian Language Its Hisotry and Role in Modern Society". PP.8. University of New South Wales Press Ltd

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