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🇬🇪🇦🇿ヒンカルの世界 Мир Хинкала🇷🇺🇹🇷

穀物を粉にして延ばした生地を加工する食べ物のことを一括して「ダンプリング」とカテゴライズすることがあります。

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例えばダンプリングは時折、中国や日本の餃子、ロシアのペリメニ、ウズベキスタンやアルメニアのマントゥのような料理の総称のように扱われます。「団子は団子だ」のように主張される方もいるかもしれませんが、分類としては複数概念を束ねる上位の概念がある方が整理しやすいことは確かです。

さて、「ダンプリングはどういうものか」というところから始めます。ダンプルリングという料理を取りまとめるのは至難の業です。ダンプリング料理は日本だけでなく、大陸アジアやヨーロッパ、アメリカ大陸、アフリカなど世界の至る所で、時には異なる原料から作られるものです。それは桃太郎のきびだんごのように、文化的に重要な説話とくっついてしまうくらい、私たちの生活に身近な料理なのです。

ダンプリングの作り方としては基本的に植物を粉にしたものを、水や卵などで延ばし、それを加工するだけです。ただし、ダンプリング研究のバーバラ・ギャラ二は「揚げる、焼くという調理法を含めるのには抵抗がある」とします。そうするとダンプリングが「フリッターや肉入りパイのようなものだと思われてしまう」からだそうです(1)。

私もそれには賛成です。というのもダンプリングとパイやフリッターの境界は、限界な定義がないからです。強いて言うならば「大きさ」かと思います。しかし、ダンプリングという見方を強くしていく以上、生地の「揚げ」や「焼き」という調理法を含めるとダンプリングの定義が巨大になり、個別の特徴が見えづらくなるのではないかと考えます。

そのため、ここではこねた生地を「湯がく」「蒸す」「茹でる」に調理法に狭めた上で、次に進むこととします。

コーカサス料理のヒンカル

今回紹介したいのはコーカサス料理の「ヒンカル」という料理です。

この料理はバーバラの『ダンプリングの歴史』や青木ゆり子の『世界の郷土料理事典』にも言及されていない料理です(後者はチェチェンの「ヒンガルシュ」を載せている点で気に入っています)。一般的にはコーカサス料理あるいはダゲスタン料理に分類されます。ダゲスタン共和国のナショナルフード、という言い方も聞くことあります。

Похлёбкинの"Кулинарный словарь"によれば、ヒンカルは下記のような料理です。

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北コーカサスやダゲスタンのごくありふれた料理で、細く薄く延ばした生地(лапша)の料理のこと(延ばした生地を特徴とする異なった、多少の生地のバリエーションで構成されているが、いつも3*5cmほどの大きさに切り分けることを特徴とする)(2)。

上記の記述を見る限り、「薄く延ばした生地」を使うことと「生地を一定の大きさに切り分けること」を特徴としているようです。そのため、ヒンカルはダンプリングの調理方法の中でも比較的、シンプルな部類に入ると言えるでしょう。

このタイプのヒンカルを、ここでは一旦「正道」のヒンカルと呼びましょう。

グルジアのヒンカリ

ところで、この名前を聞いて、グルジア(ジョージア)料理のヒンカリ(ხინკალი)を思い出した人もいるかもしれません。一般には異なる料理とされますが、しかしながら、名称は明らかに語源的に共通するものでしょう。

そのため、ここでは「ダンプリング」の下に「ヒンカル」という概念を立てました。そして、その下に広い意味で「ヒンカリ」も「ヒンカル」群の下位分類として含めます。

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またBBC Travelの記事によれば、ヒンカリの起源はモンゴル人が中国から学んだ料理を、13世紀にコーカサスに侵攻した際に持ち込んだものがグルジアで根付いたものとしています(3)。

ではどこで根付いたのかというとグルジアの北東のチェチェンにほど近い山岳地帯のへヴスレティであると考えられます。なぜかというと、Peter Nasmythの"Georgia: in the mountains of poetry"でヒンカリがへヴスレティ(Khevsureti/ხევსურეთი)発祥のグルジア産巨大ラヴィオリ(4)と書かれているからです。

従って、ヒンカリも今でこそはグルジアの国民食扱いですが、元々は「ヒンカル」の一つであったかもしれないのです。

ヒンカリのように現在のヒンカルとは異なっていても「ヒンカル」扱いをされる料理は他にもあります。例えばチェチェンの「ジジク・ガルナシュ」という粉ものの料理があります。Wikipediaのロシア語版ではこれをチェチェンのヒンカルとしてリストに加えています。

ジジク・ガルナシュは確かに生地を一定の大きさに切るということで上記の「ヒンカル」に当てはまります。ただし、指でころっと転がしてニョッキのような、細長い筒状に丸めます。

こう考えると、すでに多様な形の粉ものの料理が「ヒンカル」に含まれていることがわかります。

そのため、ここではグルジア(ジョージア)のヒンカリもチェチェンのジジク・ガルナシュも広い意味でヒンカルの一部として取り扱います。そして、ヒンカルの一部としてヒンカリも眺めてみることで、ヒンカリやコーカサスの食文化の特徴を見出すことができればと考えます。

ヒンカルという名前とコーカサス諸民族

次に「なぜ『ヒンカル』という名前でまとめるか」についてしゃべります。

確かにグルジア人やコーカサスに造形がある人にとってはヒンカリという名前の方が馴染みがあると思いますが、ここではロシア語の「ヒンカル」という名前を使います。なぜならそれが一番中立的だからと考えるからです。

というのもそれはコーカサスの民族模様が関係しています。そしてその分、言語も存在するため、名前の問題は複雑になります。そして「ヒンカル」自体にも問題があります。まずその問題を追っていきましょう。

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