🇷🇺人工言語はSNSの夢を見ながら🐏

2022年3月27日 02:18

SNSは人工言語の花園である。特に文法を簡略化し、素早い国際的な意思疎通を目的とした、「国際語」と呼ばれる種類の人工言語はSNSとの相性が抜群によく、適したグループを探し当てられればすぐに自分の勉強した人工言語が、国籍・言語関係なく使用できた。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻に伴い、SNSへのアクセスを遮断された人たちは人工言語での相互コミュニケーションは、国家体制を気にした一方的なコミュニケーションへと凋落し、ロシア国内の人工言語話者や学習者たちは人工言語の長所を堪能できなくなった。その人工言語の例として「誰しもの第二言語」を目指した世界最大の国際人工言語エスペラント語(Esperanto)、汎スラヴ主義思想の副産物であるインタースラヴィック(Interslavic/Medžuslovjansky)、そしてロシア生まれの新時代の国際語、地球同語ことリデプラ(lingwa de Planeta)の話者が学習者たちである。

人工言語はいつの時代においても陽の光は当たらないことが多い。エスペラント語は特にソビエト時代、政治的に弾圧された悲しみの歴史があるが、そんなことは普通の人には知られていない。

しかしながら、人工言語を話す人間として、そのような言語を使う他の人の苦しみについて、人工言語は自然言語のパチモノだと思っている人や普通の人に少しでも知ってもらえたらと思い、時系列的な随筆にまとめてみた。

二月一二日　戦争がやってくる

「二月一五日にロシア軍が攻めてくる」

そんなツイートをTwitterでクリミアタタール人の方がつぶやいているのを見かけた。日付が分かれば思い出しやすい。それは二月十二日の土曜日で、エスペラント語でオンラインでおしゃべりをしていた。そのときは日本、ポーランド、イスラエル、そしてウクライナからの参加者がいて、ロシア情勢にも触れることがあった。私が上記の"噂話"をしたところ、ウクライナの人は「そんなことは聞いていない」と驚きもせずに言ったのだった。

一五日は特に恐ろしいこともなくホッとした。

だが、恐れていたことは本当になった。

二月二四日　特別軍事作戦が招いたもの

ウクライナにとっての災厄の日が人工言語にとっても綻びが生じ始めた日となった。

二四日、ロシア軍が「特別軍事作戦」を開始。ウクライナに侵攻を開始する。反応はさまざまでだったが、多くの人たちが驚きとロシアに対しての非難の声を上げた。人工言語話者たちも例外ではなく、良識のあるロシア人のエスペラント語話者がエスペラント語で「私たちを許してくれ、ウクライナ」とSNSでつぶやいていたのを覚えている。

インタースラヴィック業界でも汎スラヴ的言語主義者たちに亀裂が生じ始める。フェイスブック(Facebook)の、言語名と同じ名前のページのモデレーターの一人であるArtem氏(プロフィールを見る限りウクライナのポルタヴァに暮らしている)は「汎スラヴ主義やスラヴ兄弟愛なんて神話だ。絶対に私たちは兄弟になんかなれない、こんなときに、絶対に(Panslavizm i bratstvo slovjan sut mith(1). Nekogdy my ne budemo bratami, z tutoj časiny - nekogdy.)」と発言した。インタースラヴィックの思想的基盤をひっくり返す発言が同ディスカッションパネルに流れるのは初めてではないか。

二月二七日〜二八日　UEAが声明を出す&その反応

二月二七日、世界エスペラント協会(Universala Esperanto-Asocio)が戦争に対し反対声明を出す。

https://uea.org/gk/1023

しかしながら、確かにこの声明は「戦争反対」の声明だが、この声明はウクライナどころかロシアにも言及がなく、表面的な事しか述べたいないような声明であった。そして、二月二十八日に「包括的だが内容に乏しい」とLibera Folio誌に厳しく評価されるほど時事的な内容はない。当たり障りのないことを言っているだけのような印象が強い。エスペラント語業界の世論としては世界のエスペラント話者を束ねる組織の声明として力の無さに対してがっかりした感が強いのではないだろうか？とはいえ、元々人工言語の世界協会にそこまでの発言力はないのだが…

また、同日、ロシアのエスペランティストたちが自国の戦争行為に対し反対する声明を公開した。

「戦争は解決方法ではありません。戦争は人間の道に反するものです。戦争はエスペラント語とエスペラントの思想に相入れません」
(Milito ne estas solvo. Milito estas kontraŭhoma. Milito estas kontraŭ la ideo de Esperanto kaj esperantismo)

引用元のエスペラント語の声明を部分的に翻訳した私のツイートが残っていた。なぜあえて自分のツイートを引用したのかは読み続けて頂ければわかる。

「これぞエスペラント語の力だ！」

そう思った人は私以外にもいたに違いない。しかしそれは下記の三月六日に打ち砕かれてしまう。

ロシアのエスペラント語話者たちとロシアエスペランティスト連盟(Rusia Esperantista Unio)の役員たちが団結してウクライナへの戦争に反対を表明しました。

「戦争は解決方法ではありません。戦争は人間の道に反するものです。戦争はエスペラント語とエスペラントの思想に相入れません」 https://t.co/mxqj4ZyqXQ
— 🌟MA ⵎⴰⵙⴰⵟⴰ-ⵙⴰⵏமஸய-ஸந்ᒪᓴᔭ-ᓴᓐ💨 (@masayasan201911) March 3, 2022

三月四日　草の根の反対運動

エスペラント語のミュージシャン、ジョマルト・カイ・ナターシャ(Ĵomart kaj Nataŝa)がエスペラント語を使用する芸術家たちの反対声明のビデオをYoutubeにアップ。セルビアの戦争経験者であるエスペラント語話者ササ・ピリポヴィチさんの話でビデオは締め括られる。また、同日ロシアで新しい法律が採択。ロシア軍に対して虚偽の情報を流したものには最大十五年の懲役や禁錮、罰金が科せられるようになり、ロシア国内での情報統制が強まった。また、アメリカのメタ（Meta）社が自社SNSでロシアに対する過激な投稿を規制しないことからSNSへの規制も強まり始めた。

三月六日　ロシアエスペラント界の亀裂

先のLibera Folioに掲載された、ロシアのエスペランティストたちが自国の戦争行為に対し反対する声明がLibera Folioにより隠される。そのため、オリジナルを参照できなくなった。同紙はロシアの新しい法律をきっかけに深刻な問題を引き起こす可能性があるため、同声明を公開することをやめたとのことだ(ĉar ĝi pro nova leĝo povas kaŭzi gravajn problemojn)。

また、役員が反戦を表明していたロシアエスペランテイスト連盟の会長が反戦を掲げたエスペラント語話者たちの宣言は同連盟と無関係であることを表明し、ロシアのエスペラント語話者たちの声明を「再解釈」した。

アレクサンドル氏とはモスクワの日本料理店サクラで会食したことがあるが、非道徳的な人間ではないし政治的な人間でもなかったはずで、彼は彼なりに動いているのだと思う。それは再解釈後の文章の最後に「本来のテキストはこうでした」との原文を下記のla Ondo de Esperanto紙にしっかり載せていることから察するしかない。

三月一九日　難民にインタースラヴィックは有益か？

現実的な話ではないと思うが、フェイスブックのインタースラヴィックのディスカッションページにアメリカ人女性の Elena氏からウクライナから逃げてきた人たちには英語を使うよりインタースラヴィックを使ってもらった方が有益ではないかとの投稿があった。難民たちが英語を使うよりも形はちょっと違うが、慣れ親しんだ系列の言語の方が安心できるのではないかという意見だった(2)。

三月二十一日　メタ社　過激派組織に認定

モスクワの裁判所はメタ社が運営するSNSのフェイスブック（Facebook）とインスタグラム（Instagram）を「過激派」組織に指定。ロシア国内での活動を禁止した。これに伴い、フェイスブックなどでロシアからアクセスしていたと思われる人工言語の学習者や話者の投稿が一気に途絶えることとなる。

三月二三日　地球同語　サーバー墜つ

ロシアの学者グループが設計したLingwa de Planeta、通称「リデプラ」という人工言語の公式ホームページがアクセス不能になったことがFacebookで報告された。同ページのサーバーはロシアにあるらしい。政治的な理由で遮断された可能性が強い。有志がweb Archive化しているため、サルベージはできているが、公式ホームページの文法が参照できなくなるため、学習希望者は困惑するに違いない。

三月二七日

経済制裁により物資が尽きていく様子を見てソビエト時代に逆戻りしたようだと感じる人は私以上にロシアの人達が感じているだろう。だがそれより恐ろしいのは政治的にも逆戻りし、スターリンが行ったような一九三七〜三八年の大粛清が再び帰ってるのではないか、ということだ。大粛清時代は反政治体制思想を持つ一般市民が即決裁判で死刑にされ、それには多くのエスペランティストも犠牲となった。

テレビでは警察にデモを行った人達が連れて行かれたり、テレビで反戦の紙を掲げたマリナ・オフシャニコワさんが行方不明になり取調べを受けていたり、スターや政治家がロシアから脱出していることが報道されている。どう見ても悪い方向にロシアが向かっているとしか思えない。それは政治体制とって、情報が、SNSが、人間の持つ言語という記号体系が致命的であるからに他ならない。だから政治家は怖がってそれらを弾圧する。

ここで言語というものが、人工言語だろうが自然言語であろうが極めて大切なものとなってくる。言語が人々を繋ぐ希望になる時代がまた到来しているとしたら、人工言語にとっては本領発揮ができる時だと言えるが、逆にまさにそれは歴史の繰り返しであるとも言える。国家より人間の命が軽んじられる時代、言語が危険物として扱われる時代の到来である。

しかしながら、SNSが自由に使えるようになったら、人工言語の花びらは風に乗って人々の口を飛んで歩き、政治家の脳髄を通って悪政国家を糾弾するだろう。それまで人工言語は眠るのだ。SNSの夢を見ながら。

(1)mith ・・・インタスラヴィックの"mit(神話)"だと解釈した。mithという語彙はない。
(2)この意見には三月二十七日現在で一四四件のコメントがつき、議論されている。

資料や書籍の購入費に使います。海外から取り寄せたりします。そしてそこから読者の皆さんが活用できる情報をアウトプットします！

🇷🇺人工言語はSNSの夢を見ながら🐏

二月一二日 戦争がやってくる

二月二四日 特別軍事作戦が招いたもの

二月二七日〜二八日 UEAが声明を出す&その反応

三月四日 草の根の反対運動

三月六日 ロシアエスペラント界の亀裂

三月一九日 難民にインタースラヴィックは有益か？

三月二十一日 メタ社 過激派組織に認定

三月二三日 地球同語 サーバー墜つ