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ソムニウム(88)遺灰とスリ


妻の実家で、妻と話してる。
彼女はとても優しくて、自分のことを大切に考えてくれてるのが伝わってくる。
なので、話せば話すほど、その人が妻ではない、と思えてくる。
妻の母親を呼んで、彼女の正体を確かめる。
「実は...」と言って、仏壇の中から、貝殻の口紅入れを出してくる。
中には遺灰が入ってる。
生まれてすぐに死んだ娘の灰で、あなたが話したのはこの子だ、と言われる。
初めて聞かされる話に驚き、どうして黙っていたのかと問うと、
妻の母親がピエロのようなメイクになって、訳の分からないことを喋りだす。
これはだめだ、と諦めて、貝殻を持って外へ出る。
しばらく歩いているうちに、妻と妻の実家のことを忘れる。
陶芸の店の入り口に、ガーベラの花の化石のプレートが置いてある。
花びらの真ん中に空いてる穴に、貝殻を入れると、ぴたりとはまる。
ぱくり、と貝殻が開いて、遺灰が風に舞い上がり、そのまま空へ運ばれる。
よかったね、
とつぶやきながら、店を離れて大通りを歩く。
冬の午後で日差しが黄色い。
路地の手前で、鳥のような顔をした老婆が、ひたすらつま先立ち運動をしている。
関わると死ぬ、
と思いながら、早足でその前を通り過ぎる。
気がつくと、二人の人間に、前後を挟まれてしまってる。
前にいるのは中学生くらいの少年で、後ろにいるのは中年の女だ。
少年がふいに立ち止まり、「なあ、兄ちゃん」と声をかける。
その瞬間、尻ポケットの財布を中年女にすられてしまう。
しまった、と思って振り返ったところを、後ろから少年に組みつかれる。
中年女は足が速くて、あっという間に姿を消す。
仕方がないので、残された少年と一緒に並んで街を歩く。
少年はニコニコ笑ってる。
彼の首は細くて長い。


(終わり)

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