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研究の方向性 その2

ようやく現実の時間軸に追いついた。

2019年4月から学び始めた現代アート、展覧会に出かけたり、本を読んだりしたことをまとめるのはもちろんのこと、そうしたことを記録しようと思い、12月頃にnoteを始めた。記憶が新鮮なうちに記録しておこうと思った次第。

12月は教授の指導がある。11月に提出した中間報告について講評。

中間報告にあたっては4月からのアート活動、自分の中に元々あるもの・あったもの、社会情勢と情況からアートの交点を議論したいと思っていた。

アートビジネスについて

UBSのアートバーゼルレポート、アートネット、アーチィー等の情報源からアートマーケットの概要を掴んだ。アンティーク取引も含むアート市場規模は世界で7兆円(国内は3500億円程度)と推計されている。これは日本のドラッグストア業界と同じくらいの規模(2018年)。2008年からの10年で9%の市場拡大としているが、物価上昇率を考慮した実質で見ると、むしろマイナスになっている。現代アートは作品単価の上昇と最高価格の更新が行われているが富裕層の財布のシェアは、それほど確保できていない。

他の産業でいうと、トップ数社が市場全体の数パーセントを占めることがある。だいたい業界10位までの会社を分析すると、産業の構造と方向性が見えてくる。ところが、アート業界ではそうはいかない。最大のガゴシアンであっても、全体に占める割合はそこまで大きくないし、なにしろ情報が公開されていない。なんとも謎の多い産業*1である。

アート作品の価値を決めるのは、批評性とマーケットがつけた値段。どちらもポイントだと思う。では、マーケットで注目されるためにはどうするか。一般の企業のようなマーケティングとは少し違ったアプローチが必要に思える。展覧会を開かなければ、批評もされないし、取引も起こらないだろうと思うのだけど、これだけじゃないように思える。ただ、インスタグラムから始まる展覧会なども出てくるのでしょうね。アーティストが直接コレクターとコンタクトし、販売も行う、そうした状況までもう少しだろうか。

アートの価値生成についての研究は始まったばかり、大学院2年目の主題のひとつとして取り組んでいきたい。

シンギュラリティについて

ソフトウェア産業に身を置いて長い。テクノロジーとエンジニアリングに接続するアートは大いに興味がある。越境人間としては、そうした領域横断に惹かれるのでしょうね。しかしながら、作品を見ていてテクノロジーへの理解が乏しかったり、間違っているケースがあると、とてもとても興醒めする。

デジタル技術を使った作品ではなく、今のデジタル化の世界にデジタル技術の存在を気がつかせないような、それでいてその存在を警告するような、そんなアート作品に痺れる。

シンギュラリティとは技術特異点、AIが人間の知能を超えてしまうこと。そうした時代に、職業が人間から奪われるとあるけれど、研究の分野でもそうなるのでしょう。例えば天文学では、現在稼働している望遠鏡から収集されるデータの分析に、人の能力では追いつかない。AIがスクリーニングを行い、何らかの仮説あるいは発見を行う。それをAIが受け取り、さらに論理展開、推論をしていく。このように人の手を離れていく様子は容易に想像することができる。他の分野でも同様だろうと思う。

人間の知能をはるかに凌駕するAIによる論理展開、負けじとサイボーグ化する人間。シンギュラリティによって人類は滅ぶと予言されたけれど、生身の人類の終焉のことなのかもしれない。

そうした世界に中世の呪術的な再魔術化が、必要もしくは必然的にそのような状況になるのではないだろうか。人の認知能力を拡張するのか、あるいはあらたな認知のあり方を提示するのか。

先行指標としてのアートに期待しているし、興味がある。ここを研究課題にしようと思う。

今後の課題

講評の一番の指摘は、「自分の意思でもってアーティストを選ぶこと。」だったと思う。

ゼミで話題になった展覧会を見に行って、たまたま見たアーティスト、作品に対して感じたことをまとめていた。そうではなく、自分の考えでアーティストを選び、研究していくこと。作品だけでなく、アーティストがどのような考え方で、作品群を作っているのか、展示しているのか、そうしたことを研究する必要がある。

ようやく次のステージに進めたような気がする。




*1 この30年でアートは産業化したという。このことについては別途まとめたい。


いただきましたサポートは美術館訪問や、研究のための書籍購入にあてます。