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カラフルな絵の具で。

(※このnoteは、こちらの作品のスピンオフとして応募しています。)

20XX年。

チャイムの音が、タブレットから聞こえた。
学校の建物はない。
制服の代わりに子供たちが持つのはデバイスと、3Dゴーグルだ。

世界は組み合わせの世界になった。一定のスキルや能力は一律の授業を受ければできる。そのうえで、どのタイミングでどのレクチャーを受けるか・どこで誰と出会うかが重要となった。

どうやらその組み合わせに大きく関わっているのが、2020年に発見された"WILL"という物質だった。“WILL”は、コロナウイルスが流行ったころに、ある科学者が偶然発見した物質で、人間が何かに集中したときや、本当に好きなものに触れるとき、体内に放出される。
"WILL"は伝染力が強く、ある種の動的エネルギーのように、人を行動に駆り立てる。計算ソフトを使えば、自分が今どんな"WILL"をたくわえていて、今後どんな場所に動いていくかがおおよそ予測できる。人々は、自分の"WILL"を最大化できる「打ち込めるなにか」を探し、今日も組み合わせつづけた

◆オレンジは、高校2年生女子。
小学2年生の時に母親からバイオリンをプレゼントされてから、バイオリンコースに沿ってぐんぐん実力を伸ばし、今はチェロも学んでいる。音楽を学ぶうち、周波数に興味をもち、数学コースも進めている。
◆ネイビーは、高校2年生男子。
サッカーの試合に感動したから、今日は有名なサッカー監督の話と、サッカーの初心者体験をうける。いつもは、一般コースで5教科を学びながら、より興味の持てる分野を探している。
◆琥珀は、先生15年目。
大手の貿易会社に勤めたあと、社会科の先生になることを決めた。
11歳になる息子がいる。

𓇼𓆫𓀤𓆉𓆡

花火大会は終わって、あっけらかんとした手帳。

今年の花火大会は、3Dゴーグルのなかで行われた。3Dゴーグルを外したオレンジは、現実に引き戻された。
思ったよりは楽しかった、というのが素直な感想で、当初は家からでることもできず、花火大会なんて開催されるはずがないと諦めていたが、今年は大手のメーカーが巨額の投資をし3D花火大会が実現した。楽しめるはずもないと思っていたが、ゴーグルの中で友達と会話もできるその光景は、悪くはなかった。終わったあとの余韻は、3Dゴーグルを外した瞬間に、見慣れた自分の部屋に消えてしまったけれど。

あのウイルスが流行ってから、学校は休校になり、世界中の子どもたちにウイルスの防護マスクと、3Dゴーグルが配られた。人類が問い直されたのは、

「じゃあ何をして生きていきますか」

という問いで、それまで決められたオフィスも学校も、9時から18時の定時制も、全てが「ほんとうに要りますか?」「それで、いいんですか?」と一人一人が胸に手を当てるはめになった。

琥珀も、その一人だった。
大学を卒業してはいった大手の貿易会社に8年勤めたのち、長年の夢であったという長年の夢を叶えた。生徒にも好かれ、このまま定年まで教鞭を握りつづけようと思ったところで、あの肺炎のウイルスが流行した。

最初のころは、いつ過ぎ去るのだろう?と呑気にとらえていたものだが、流行が終わらないどころか、ウイルスの性質も凶悪化してきて、学校も休校がつづくにつれて、全国的に保護者からの抗議が殺到した。
「家から授業も受けられるのに、学校に行く意味はなんですか?」
「自分の子が感染するかもしれないのに、なぜ行かせるんですか?」

たしかに、そうかもしれないなと、琥珀も慣れないパソコンを触るようになった。世に溢れる映像授業は、見てみると思った以上に優れていて、こんなかたちの授業も面白いな・なるほどなと素直に感嘆した。

唯一惜しく思えたのは、毎回の授業が終わったあとに、生徒ひとりひとりの目を見て小テストを配り、生徒の質問から歴史の小話を広げる時間くらいだった。たかが休み時間の数分だが、あの時間が好きだった。

「行動あるのみやな、絶対大丈夫やから。」

今日参加した有名なサッカー監督のレクチャーの言葉が反芻される。行動あるのみって言ったって、、。
ネイビーは、勉強机の前でサッカーボールを回しながら、先日渡された"WILL"の数値表を眺める。大好きと思っていたサッカーへの"WILL"数は、突出して高いわけではない。やっぱり向いてないんじゃん。

代わりに、自分の"WILL"の数値がこの時期に跳ね上がることはわかっている。何が待っているんだろう?

「バイオリン、やってるか?」

琥珀先生の声がする。オレンジは、うなずく。
今日は月に1回の担任の先生とのオンライン面談日だ。このごろの勉強の進捗、自分の好きな音楽のことについて、丁寧に耳を傾けてくれた。話の途中で琥珀先生の息子さんが後ろを横切るのが見えて、そうか・家にいるもんね、と何だか不思議な気分になる。

「頼みごとというのか・・聞きたいんだが。」
面談が終わりかけたころ、琥珀先生は言った。

「バイオリンの演奏は、話す必要がないよな?たとえば、屋外の広い場所なら、少ない人数を集めてコンサートみたいにできるものだろうか?」

めずらしく、穏やかな琥珀先生の声に熱がこもっていた。
オレンジ自身は気づいていないが、彼女の体内で"WILL"の数値が上がった。

ー2か月後。
誰も使わず、廃校さながらとなった学校のグラウンドで。ー

オレンジは、バイオリンに手をかける。
広い場所で、という条件だったので、コンサートなのにグラウンドで。しかも観客も数人なのに、居心地の悪い距離感がある。
でも、天気のいい人工芝で柔らかい風が吹くなかで演奏をできるのは、気持ちがよかった。

琥珀は、教室で授業ができなくなってから、自分には何ができるのか、心の声を聞き続けた。自分なりの、答えの1つがこれだった。

世の中で騒がれる"WILL"を高くするための組み合わせメソッドは、自分にはまだ使いこなせてはいないが、自分には昔から歴史の流れから、偉人たちの動き・時流を捉える感覚が染みついていた。

当時クラスで心を開いてくれなかったネイビーを見ていて、彼は自分の色に自信を持っていないと感じた。彼の"ネイビー"は、癖のない深い色であったが、当時クラスで一緒につるんでいた連中は、その真っ直ぐな色には眩しすぎて、反発するように感じた。彼は泥臭く、好きなサッカーを続けるだけの忍耐力があった。それは、歴史の小テストでいつも1問だけ入れていた発展問題を、必ず正解してくるところにも表れていたように思う。しかし、テスト返却の際、彼は絶対に目を合わせてくれなかった。

もう1人、発展問題を必ず正解してくるのが、オレンジだった。彼女は朗らかで華があり、幼いころから習うバイオリンは、かなりの腕だと親御さんから聞いていた。しかし彼女の"オレンジ"には、その華をひけらかすような押し付けがましさはなく、いつも温もりだけを秘めていた。

琥珀自身は、自分の"琥珀色"に特別な輝きはないと、昔から思っていた。しかし、他の彩を美しいと感じられる素直な感性があった。目立つことのない自分の琥珀色も好んでいて、誇りを持っていた。

ネイビーは、クラスメートのコンサートなど来るつもりはなかった。

しかし、担任の琥珀には他の人に時おり感じる嫌な飾り気がなく、好感をもっていた。何より、「グラウンドの点検も兼ねているんだ」というよくわからない誘い文句で、毎日通っていた人工芝の緑を見たくなってしまった。

もう1つ、理由があるとすれば、演奏するのがオレンジだったからだ。成績もよく、バイオリンが上手らしいと聞いていた、自分とは異世界の人だが、2カ月前の3D花火大会の日に、少しだけ話したことがあった。

友達とはぐれてしまったオレンジが、3Dゴーグルの中の世界で、近くで花火をみていた。花火くらい見たいな、と一人で参加したので、普段のネイビーならクラスメイトから遠ざかろうとするところだが、オレンジには一人でいるところを見られても大丈夫な気がした。

「これが3Dゴーグルだって思うとなんか虚しいよね笑」
花火が終わったあとのオレンジの一言は、予想に反して冷めたコメントで、ネイビーは何も答えなかったが、内心でクスっと笑った。

ゴーグルを外して戻った現実の部屋で、ウイルスが流行る前の年に最後に学校のグラウンドでみた花火を思い出していた。

グラウンドでの演奏が終わった。

オレンジの演奏は、きれいだった。

落ち着くようで、時にハラハラとスリルすら感じる、広がりのある演奏だった。”WILL”が、伝染していく。

琥珀は、遠目から見える2人の教え子の表情が、ぱっと明るくなるのを感じた。近づいてゆっくり話すわけにはいかないが、どう感じただろう?

「ありがとう、僕もサッカー見せるよ」

そう思っていたら、ネイビーから声をかけてくれた。オレンジと琥珀は、初めて人の目を真っ直ぐに見るネイビーの姿をみた。

オレンジと、ネイビーと琥珀色。
3色が三つ編みのように組み合わさって混じる
色彩は個性で、カラフルだ。
その個性のパレットが、混ざりあうキャンパスが学校。
こんな学校が、あったらいいなと思う。

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