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悪役の定義とは

映画館でもTVでもネットでもレンタルでも、随分と前から映画を観たら他のレビューサイトに書くことにしているけれど、そちらでは書き足りなかったことについてのセカンドレビューを書きたくなった。

もっとも、この作品についてはそちらのサイトでは作品登録要望中なので、セカンドレビューの方を先にアップしてしまうというイレギュラーだけれど。

※未見の方はネタバレにご注意ください。

既に制作後2年近くが経過しているけれど、コロナ禍のあおりを受けて公開延期中だった映画「リスタート」。

この夏(2021年7月)、満を持して封切られた。

お笑いコンビ品川庄司の品川ヒロシ氏の監督・脚本による青春映画だ。
併せて、北海道上川郡下川町を舞台としたご当地ムービーでもある。

ヒロインは下川町育ちでシンガーソングライターでの成功を夢見る杉原未央。演じるのは、映画初出演にして初主演という男女フォークデュオHONEBONEのボーカル担当Emily。

テレビ番組「カラオケバトル」で注目された抜群の歌唱力に加え、ライブのMCなどで定評のある優れたトーク力を備えた彼女ではあるものの、いざ演技ということになると全くの未知数。

正直なところ他人事ながら不安に苛まれていた。大きなお世話と言われそうだけれど。

ところがどっこい(死語か?)蓋を開けてみれば、極めて自然な演技で見事に映像に溶け込んでいて、あたかも彼女はヒロイン本人なんじゃないかと思わせるような、堂々たる主演女優ぶりだ。

品川監督は彼女をイメージして脚本を書いたようだから、それに見事に応えたとも言えるのだろう。

また、アーティストをいろいろ観たり聴いたりしていると、優れた表現者はあらゆることについて(歌でも演技でもモノ作りでも)優れているのだなぁと感心することが多いが、彼女についても改めてそういった印象を受けた。

そう、もとより彼女は歌としゃべりにおける優れた表現者なのだ。

さてストーリーはと言うと、高校卒業後、シンガーソングライターとしての成功を目指して上京したヒロイン未央が、不本意ながらも地下アイドルとしての活動を余儀なくされ、挙句売れっ子ミュージシャンに騙され捨てられ、事務所を解雇され、SNS等でボコボコにされ、夢破れて帰郷するが、家族や友人の愛情、そして下川町の大自然に見守られながら傷を癒し、夢に向かってリスタートするという、まさに青春映画の王道を行く内容だ。

ジャスト100分という尺は、少々短めかもしれない。そのせいか、サイドストーリーや説明的なカットは皆無だ。

ストレート直球勝負の作りと言って良いだろう。

ヒロインは、何故シンガーソングライターとは大きく異なる(と思う)地下アイドル活動の道を選んだのか。上京後、どんな悩みを抱き、どんな道を歩んで来たのか。

ヒロインが身も心もボロボロになってしまう原因である人気ミュージシャンとの交際。地下アイドルが一体どうして人気ミュージシャンと知り合ったのか?それは彼女にとって恋愛だったのか。

などなど、まるで説明は語られない。

回想シーンさえないので、物語の「今」の礎になっている「過去」や「経過」は全く分からない。観客は想像することしか出来ないのだ。

そんなことを疑問に思うこと自体が野暮なことかも知れないけれど、今のヒロインを理解するにあたっては、何だか必要な情報に思えてしまう。

ただ、そういった枝葉末節的な疑問を差し挟む余地もなく、物語は流れるように展開していく。テーマをしっかりと中心に据えて力強く推し進めるというストレート直球勝負が功を奏しているのだろう。

過去はどうでもいい。大切なのは今。過去なんか振り返ったってロクなことはない。

解らないことが省かれているからこそ解りやすいのだ。自由な発想に浸れるのだ。

更に、ヒロインの立ち直りが早いところも解り易さの背中を押している。

帰郷して間もない時の未央は、鬱屈した表情や言動で取り付く島もない。かと思いきや、母親や妹、同級生、そして継父とでさえ、会話を拒むようなことはない。

元来素直な性質なのだ。音楽を愛する純粋な心の持ち主なのだ。

だから、きっかけさえあれば立ち直れる強い力を予め備えているのだろう。

そして、その強さ故、夢破れかけても夢への入り口かも知れない地下アイドルという不安定極まりなく思える足場に立ち止まっていられたのだと思う。

人気ミュージシャンとの交際にしても、純粋に音楽を愛するが故に、同じく音楽をこよなく愛しているに違いないであろう男の言葉を信じ、心を許したのかも知れない。

他人を信じることと脇の甘さは表裏一体であることは、純朴な彼女の脳裏には全く浮かばなかったに違いない。

あぁ、妄想めいたことを書き始めてしまったけれど、敢えてここでレビューを書き足したかった一番の理由はそこではないのだった。

この作品には多くの善人が登場する。

ヒロインの家族と同級生たちがその筆頭だ。皆、善人オーラが輝きまくっている。凡そ人を傷つけたりしないであろう善良な人々。そのオーラで未央を優しく包み癒し導いてくれる。

とりわけSWAY演じる同級生の大輝は、男女の垣根を超えた友情あるいは人間愛をもって未央を導き、大自然のエネルギーによって傷ついた心を癒してくれる。

その結果、未央は忘れていた大切なものを思い出し、リスタートへのきっかけを掴むことが出来た。

純粋で善良な精神の持ち主でなければ、到底成し得ない究極の癒しと導きだ。

ただし、その一方で一見悪人としか見えない人物もこの作品には登場する。

まず、未央が傷つく原因を暴き出した男と、それを知って憎悪にまみれてしまった男。

どう考えてもヒドイ奴らだ。

だがしかし、悪人として切り捨てていいものだろうか。

パパラッチ的ジャーナリストでカメラマンの野村。極悪非道とも言える彼の取材姿勢には嫌悪感しか湧かないが、家族愛に溢れた善き夫・善き父親としての顔も覗かせる。

どちらが本当の彼か。

取材姿勢に関する彼の発言は、単なる言い訳にしか聞こえない。強がりだ。善良な自分を包み隠すため、いや自分自身を騙すためかもしれない。自己を正当化して強がっているだけと思えてしまう。

何よりの証拠は、未央の歌に心を動かされてしまったこと。そして、そのきっかけは家族や友人たちの未央への愛を知ってしまったことなのかも知れない。

見せかけの悪の仮面は、心の奥底から湧き出てくる善良な心によってあっさりと粉砕されてしまった。

それさえも虚構、ということでもない限り、彼は紛れもない善人なのだ。

そして、未央の狂信的なファンだった、いや、今でも熱烈なファンであり続けているかも知れない山田。

職業不詳、未央のセンター獲りのためにCDを大量買いするあたり、金回りは悪くないのかも知れないが、どう見ても得体が知れない。

目つき怪しく粘着質、他人には攻撃的で、一生未央のファンであることの証として拳に未央の名を入れ墨する男。(自分で入れたような出来栄え)

未央のスキャンダルを知るや、ネット情報から彼女の生活圏を割り出し、彼女の美貌を自らの記憶で独占しようとするが如く、容赦なく顔面を殴りつける狂気。

この行為は犯罪そのものであり、いかなる理由があろうとも許されない。断罪されて然るべき悪行だ。結果、彼は逮捕された。

その後のことは分からない。起訴されたのか、服役したのか、何を失ったのか。

間違いなく傷ついたことだろう。思いが深ければ深いほど、その傷も深かったに違いない。彼が立ち直れたかどうかは分からない。

ただ、彼の狂気は本性だったのだろうか。

未央に対する思いは純粋だったのだろうか、それとも偏執的で邪なものだったのだろうか。

ライブ会場で未央に対し山田のことを「キモイ」と告げ口したファンの若者。彼はその若者を待ち伏せし問い詰めたが、その場で暴力に訴えることはしなかった。多分。

思い余って未央を殴ったものの、口では傷が残るほどの暴力と言いつつ、そこまで激しく殴りはしなかった。(結果論かも知れないけれど。)

決して暴力行為を容認などしないけれど、一抹の寂しさ、哀れさを感じてしまう。

行動は起こさないだけで、山田的ファンは大勢いるんじゃないだろうか。

果たして自分はどうなんだろうか。

他にも善良とは思えない登場人物はいる。

表面的には同情している素振りは見せても、全く未央のことを省みないアイドルグループのメンバーたち。

山田から未央を助けるという勇気ある(?)行動とは裏腹に、現場ですかさず自撮りしてインスタにアップする自己承認欲求男。

未央を捨てたミュージシャンは幸せになったようだ。妊娠4か月の婚約者も微笑んでいた。二人にとって未央を追い込んだスキャンダルは何だったのか。

結局、終わってみれば取り返しがつかない傷を負ったのは山田だけだったようにも思えてしまう。

事業自得と切り捨てるのは簡単だけれど、彼のリスタートは一体いつ訪れるのだろうか。

作品公開後に悪役がゲストのアフタートークイベントがあった。

主演女優のEmilyさんが司会、悪役として野村役の品田誠さん、山田役の岩崎う大さん、そして品川ヒロシ監督という豪華メンバー。

残念ながら観覧できなかったが、「悪役」として呼ばれた二人を思い浮かべ、もうひとつのレビューを書いてみた。

「悪役」の定義はなんなのだろう?

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