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群青と白痴。

スーパーで買ってきた、1本500円ほどのワイン。

スペイン産の赤。

葡萄を育て、頃合いを見計らって収穫し、絞り、発酵させ、瓶に詰めて、出荷し、船に乗せて・・・。

それで、500円。いったい、どういう料簡なのだろう。

トクトクトクトク・・・

本当に良い音。これだけで、もう7割ほどは満足してしまう。

少しの渋みと、単純な酸味。

火照りは喉から胃におさまったと思うと、いつの間にか頬に届いている。

そうだ。意識は、頬に主役の座を譲ったのだろう。

パソコンのYouTubeから流れるポップスは遠くなったのだけれど。ふと、この部屋には音楽しかなくなっている。

緑のボトルにたっぷりとしていた群青の液体は、いつのまにかずいぶん寂しくなっている。

・・・負け続けても笑った、君が白痴みたいじゃないか・・・

赤い液体を口に含んで手持無沙汰に転がしている刹那に。不意に。言葉が流れ込んでくる。

――ああ、そうだ。あの時僕は笑ったのだ。

群青の、とろりとした液体が体に脈打ち、感情と化した女性のボーカルとどろどろに溶けて、脳へと流れ込む。

――でも、周囲は黒々としていた。冷え冷えとしていた。

勢いよく流れ込んだねっとりとした群青は、底知れなさに戸惑うように、切ない周波を上げる。

――これは、僕なのだろうか・・・

悲鳴のような、歓喜のような群青の液体が、底なし沼を真っ逆さまに落ちてゆく。

――ああ、呼び水なのだ。群青が、気の遠くなるような古いなにかを呼び覚ましたのだ。

ふと、光とともに、不思議と心地よい語感の言葉がうかぶ。

――阿頼耶識(あらやしき)

まばゆい光と共に、冴え冴えとした冷気が吹きつけてくる。

僕は膝を強く抱いて、体をこれ以上ないほど丸め、縮める。

トク、トク、トク、トック、トック、トックン・・トックン・・・

そうだ。

僕はきっとまた夢に負けて、昨日を愛おしむのだろう。

再び、目を覚ますまで。


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