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どこかの誰かのいつか聞いたことがあるような話。

「懐かしい・・・」
瞼の奥に焼き付いていた景色よりも、ずっしりと時を重ねた街並み。
懐かしい。何もかもが懐かしい・・・。
小高い丘の、さらに一段上がったところに立って、私は呟いた。
「・・・帰ってきたのだ」
そう。私は、たった一人、帰ってきたのだ。

・・・10年前。
ある船が海上で忽然と姿を消したというニュースは、またたくまにXXXX市中を駆けめぐった。
船体はおろか、乗組員も全員行方不明。難破したのでは、という意見も出たが、それらしき痕跡も見あたらず、未解決のまま現在に至る。
全く、ミステリイのような事件であった。

実は、私はその船の乗組員の一人である。
もちろん、船は難破などはしていない。船長の指揮のもと、我々は密かにある島に船を着け、そこでしかるべき準備にとりかかっていたのだ。
失敗は絶対に許されない、ある計画のために。

・・・ここから見える景色の中で、ひときわ大きな建物。
あれが、「我らが」XXXX市長の邸である。
10年前に、彼が市長選挙で初当選してからというもの、XXXX市は財政難が続いている。治安も悪化し、泥酔者が昼間から街を歩くようになった。美しい街並みで観光客を魅了していたXXXX市であったが、最近は「酔っぱらいにからまれる」などと忌み嫌われているらしい。
まったく、何ということだ。
それもこれも、みんなあのXXXX市長が悪いのだ。選挙のたびに囁かれる黒い噂、しかし尻尾は掴ませない巧妙さ。
何故かいつも大量得票で当選する彼は、来月の任期満了後も、当然のごとく再出馬するつもりのようだ。

時は熟した。
島で訓練に訓練を重ねた、我々反XXXX市長派は、10年の時を経て、ついに決断した。
今だ。今こそXXXX市長を、倒さなければならない。
計画は十分練り上げた。あとは、天に祈るだけだ。

・・・私の役目は、「最終兵器」である。
「XXXX市に平和が戻ったら、俺たちをきっと迎えに来てくれ!」
島に残った人々は、口々にそう叫びながら見送ってくれた。
彼らのためにも、失敗は許されない。
ここからは、たった一人で、市長に立ち向かうのだ。
私は握り拳にぐっと力をこめた。
「覚悟するがいい。市長・・・」


あれから5年・・・
島に残った乗組員達は、今も私の帰りを待ちわびているだろうか。
すまない・・・どうやらお前達を迎えに行くことは、無理なようだ。

XXXX市長は、相変わらず税を使って贅を尽くしている。泥酔者も増加の一途をたどり、XXXX市警察は取り締まりに連日連夜てんてこまいである。
計画は失敗に終わったのか。
何一つ変わらなかったのか。
いや。
XXXX市長の隣りで、優雅に、しかし眼光鋭く微笑む女性の姿がある。
市長が一目見てすっかり骨抜きになったという、謎の美女。


・・・私である。
鍛え、磨き抜いたこの体で、私は思いがけず、市長のハートを虜にすることに成功したのだ。
わがままが何でもかなう世界。なんてすばらしい!

・・・どうやらXXXX市民は、今では影で、私のことを裏XXXX市長と呼んでいるらしい。

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