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宇宙人の夢

僕は希望に胸をふくらませて、その地に降り立った。
ずっと憧れていた星、チキュウ。
大学で専攻したチキュウ学。チキュウには「ニンゲン」という種族が繁栄しており、さまざまな文化を生み出しているということをそのゼミで知った。建築、絵画、文学、どれもすばらしいが、なかでも僕がもっとも興味を持ち、惹かれたのが映画だった。
パンジャ星ではチキュウの映画はなかなか見られない。シアターではほとんど上映されないのだ。

チキュウに来たら、思う存分映画を観よう。それも最新の映画を、できるだけたくさん、ノーカットで!
その夢がようやく叶い、僕はその第一歩を今、踏み出したのだ。

繁華街の中心地に宿を取り、そこから毎日映画館に通った。
改めて気づいたが、チキュウの映画には美しいニンゲンたちが大勢登場する。メインキャストはもちろん、脇役にいたるまで皆美しい顔立ちをしている。それぞれの演技もすばらしい。更に撮影の技術もすばらしい。流れる音楽も、美しく壮大なストーリーをいっそう盛り上げ、際立たせる。また、時々、ニンゲンのイメージする「宇宙人」と呼ばれる不思議な姿かたちをした存在が登場することも興味深い。
そう、僕が大好きなのは、SF映画なのだ。
故郷のパンジャ星には、いわゆるSF映画が存在しない。宇宙船や、異星人どうしが戦うシーンは規制によりほぼカットされてしまう。ライトなシーンだとモザイクがかけられる。だからストーリーがよく分からないことが多いのだ。チキュウで、大好きなSF映画をカットやモザイクなしで鑑賞できる喜び。僕は毎回、登場人物(宇宙人を含む)たちの冒険や、友情、親子の絆、また時折繰り広げられる恋の行方に手に汗を握り、笑い、泣き、最後はいつも感動で心を震わせた。
そんな日々を繰り返すうち、僕は自分の中にある思いが芽生え始めたことに気がついた。その思いは日に日に大きくなってゆき、やがて押さえ切れない衝動となった。

・・・僕も、映画のような体験がしたい。

ある日僕は、その衝動に従うことを決断した。チキュウのニンゲンたちから見れば、僕は異形の宇宙人だ。これまではニンゲンの形に姿を変えて過ごしてきたけれど、本当の姿を見せれば、ニンゲンたちはどんな反応を示すのだろう。
変身の舞台はやはり通いなれた映画館にしようと決めた。映画が終わり、館内に照明がついたとき、僕は本来の姿に戻っているという筋書きだ。周囲の客は驚くか、恐怖に震えるか。まさかいきなり攻撃はしてこないとは思うが。

エンドロールが流れ始めた。上映が終わる。照明がつく。いよいよだ!

「きゃーっ!!」
右隣に座っていた若い女性が僕を見て悲鳴を上げた。よしよし、まずは驚きのリアクション・・・・・・ん?
「可愛い、クマのぬいぐるみ!」
女性が僕をひょいと持ち上げ、強く胸に抱き締めた。攻撃か?いや違う、想定外の反応だ。
彼女は連れらしきそばにいた男性に笑顔を向けた。
「いつの間に隣りに置いてくれたの?可愛いプレゼントをありがとう!」
男性は首を傾げているが、否定しない(しろよ)。
どうやら、僕たちパンジャ星人は、SF映画にはまったく向かない姿かたちをしているらしい。よりによって可愛いクマのぬいぐるみみたいな宇宙人なんて。絵にならないにもほどがある。
道理で、パンジャ星ではSF映画が流行らないわけだ。

城戸圭一郎さんの企画に無謀な挑戦を試みました。

星新一さんがお好きだということで、ただそれだけで「参加したい!」と思ってチャレンジしてみましたが、どんどん宇宙から遠ざかってしまいました。汗。

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