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冬休みはキラキラしていたね。

5年2組に転校生がやってきたのは、2学期も残り2週間ほどとなった、寒い日のことだった。

担任の先生に連れられて教室に入ってきたその男の子は、ランドセルを背負ったまま、てくてくと教壇の横まで歩いてくると、
「タニ カオル です!」
といきなり大きな声で自己紹介をして、みんなをびっくりさせた。
先生に笑いながらチョークを渡されたタニくんは、黒板いっぱいを使って、大きく
「谷 薫」
と書いた。
あまりに大きく書いたので、一瞬、それは何かの記号のように見えるほどだった。

自分の名前なのに、ものすごく下手な字。
書き終わった後、谷くんは座っているみんなに向かって
「よろしく、お願いしますっ」
ぺこり、と大きなお辞儀をした。
隣の席のあかねちゃんが、わたしの方に体を寄せて、小さな声で
「薫ちゃんと、おんなじ名前だね」
と言った。

谷くんは、北海道からお父さんのお仕事の都合で引っ越してきたのだという。
クラス委員だったわたしは、先生からこっそりと、
「谷くんが早くみんなと仲良くなれるように、協力してあげてね」
と頼まれていたけれど、本当のところ、そんな心配はぜんぜんいらなかった。
体育館の場所は体育委員のわかちゃんが教えてあげていたし、保健室は保険委員のあかねちゃんが案内していた。
理科室には化学部の森くんが、部員をふやそうとしてむりやり連れていった。
音楽室はその日の4時間目にみんなで移動したから、案内するまでもなかった。
クラスのみんなが、谷くんと話したがってうずうずしていた。
谷くんも、給食の時間、スプーンを持つ手をとめてまで、みんなの質問ににこにこと笑って答えていた。
3日も経たないうちに、谷くんは、クラスの男子全員と仲良くなっていた。
あれこれと話しかけてゆく女子もたくさん。
休み時間になるといつも、谷くんの机のまわりにみんなの輪ができる。

その輪のまんなかにいるのが、谷くん。
積極的なあかねちゃんは、いつも谷くんの隣の椅子をキープしていたけれど、わたしは輪から外れるか外れないか、ぎりぎりの場所にいつも立って、みんなの話を黙って聞いていた。
どちらかというと、このクラスに初めからいるわたしより、谷くんの方がずっと、クラスに溶け込んでいるように見えた。

終業式の日、みんなが帰ったあと、わたしはひとり教室に残って、日直日誌を書いていた。
もうひとりの日直の山田くんは、塾があるからと言って、わたしをおがむふりをしながら先に帰ってしまった。
あかねちゃんもわかちゃんも、わたしが日直の日は、先に帰ってしまう。
わたしは、いつも二人の用事がすむのを待っているのに。

これって、ちょっと、不公平じゃないのかな。
もしかして、わたし、ものすごく損をしているんじゃないのかな。
クラス委員だから、みんなが頼ってくれるんだと思っていたけれど。
でも、ほんとうは。
もしかしたら、わたしのことなんて、誰も友達だとは思ってくれていないんじゃ、ないのかな。

はあ。

大きくため息をついたとき、開けっ放しになっていた教室の前の扉から、
「あれ?まだ残ってたの?」
という声がして、谷くんが入ってきた。
わたしの机にある黒い表紙のノートを見て、
「日直日誌?」
と聞く。
わたしはうん、と小さな声で答え、かくかくとうなずいた。
谷くんは、忘れ物を取りにきたようだった。
机の引き出しに手を入れて、ごそごそしている。
やがて、くしゃくしゃになったプリントを取り出すと、それをわたしの方に見せて笑った。
そのまま帰るのかな、と思ったけれど、谷くんはなぜかそばにやってきて、わたしが日誌を書き終わるのをじっと見ている。
わたしは何だか緊張してしまい、何度も同じ漢字を書き間違えた。
あわてて消しゴムで消しているうちに、手をすべらせて、消しゴムを机の下に転がしてしまう。
その消しゴムを拾おうとして、今度は机で頭をぶつけてしまった。
もういやだ。わたしは恥ずかしくなった。

「このまちって、雪は降らないのかなあ?」
小さな声だったので、初めはひとりごとかなと思った。
顔を上げると、谷くんと真正面から目があってびっくりした。
「雪は・・・、ほとんど降らないよ。降っても、ほんの少し。積もることは、めったにない」
わたしの答えに、谷くんは、そっかあ。と少し残念そうだった。
「北海道って、雪がたくさん降るんだよね?」
前に、雪祭りのニュースをテレビで見たことを思い出しながら、わたしは聞いてみた。
「うん。たくさん。たくさん降るよ。まちじゅうが銀色になるんだ」
「銀色?白じゃなくて?」
「銀色だよ。雪がたくさんつもると、銀色に見えるんだ」

銀色のまち。
わたしは心の中で、谷くんのいう銀色の風景を想像してみようとした。
でも、うまくいかなかった。

何となく、谷くんが待っているようだったので、わたしは日誌を急いで書き終え、帰ることにした。
教室のとじまりをして、日誌を返しに行こうとすると、
「ぼくもいっしょに行くよ」
と職員室までついてきた。
コンビニの前の分かれ道まで、二人で並んで歩いた。
ゆっくり。ぽつん、ぽつんとおしゃべりをしながら。
谷くんが前に住んでいた「さっぽろ」のこと。
北海道は、冬休みが長くて、夏休みは短いこと。
(「だから、ぼくなんて、損だよね。夏休みのときは、北海道にいたのにさ」と、谷くんは不満そうだった。)
そういえば、谷くんとこんなふうにおしゃべりするのは、初めてかもしれない。
そう思ったとたん、谷くんが
「そういえば、河原さんとこんなふうにしゃべるのって、初めてだよね」
と言ったので、わたしはとてもびっくりした。
それから、何だかおかしくなって、うふふ、と笑った。

家に帰ってから、わたしは、社会科の授業で使う地図帳の、北海道のページを開いてみた。
『札幌』という文字を探したら、大きな太い文字で書いてあったので、すぐに見つかった。
さっぽろ。札幌。
谷くんが住んでいたまち。雪がたくさん降るまち。銀色の景色。
銀色のまちで、谷くんは、どんな風に暮らしていたんだろう。
もういちど、銀色の風景を思い浮かべてようとしたけれど、やっぱり、うまくいかなかった。

楽しいことはあっというまに通りすぎてしまう。
クリスマスが過ぎて、おおみそかも過ぎて、それから新しい年になった。
おせちを食べたり、遊びに来たいとことゲームをしたり、テレビを見たりしているうちに、もう、冬休みの最後の日。
少し遅れてきた年賀状にまじって、わたしあてに、一枚の絵はがきが届いていた。

それは、一面、銀色の絵はがきだった。
銀色。よく見たら、それは雪につつまれたまち。
あわてて裏返してみた。
けれど、そこにはきたない字で、(それもえんぴつ書きで)わたしの住所と名前が書いてあるだけ。
差出人のところには、名前はない。
名前を書き忘れたのか、それともひみつのつもりだったのか。
どっちにしろ、わたしには、そのはがきをだした人のにこにこした顔が思い浮かんでいた。
ちゃんと、わたしの下の名前も、知っていてくれたんだ。

明日会ったら、いちばんに谷くんのところに行こう。
谷くんが、ほかのみんなに囲まれてしまう前に、いつもあかねちゃんが座っている席にじんどって、
「ありがとう」
と言おう。


それとも、やっぱり「あけましておめでとう」の方がいいのかな。

どうしよう。明日の始業式が、何だか楽しみになった。

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