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いっぱい食べる君が好き 後編

こちらはnote文芸部の「後編を書いてみよう」企画への参加作品、4つめです。

 オガワジョージさんの「前編」に続く「後編」を書こう企画に参加しました。ぜひ「前編」から読んでください。

「もしもし?・・・・・・えっ、ほんとに?」
電話の相手と話しているハナの表情が曇る。何か困った事態が起こったのか?
ハナは電話を持ったまま僕を振り返り、小声で言った。
「マネージャーからなの。どうしよう!週刊キャッチの記者が外にいるんだって。ここに来るとき、写真を撮られちゃったかもしれない」
ひょっとして、さっき玄関のチャイムを鳴らしたのもそいつだったのか?僕がドアスコープを覗いた時に一瞬見えた人影は、週刊キャッチの記者だったのか?
まずい。それはまずい!一瞬で血の気が引く。僕は目の前が暗くなるのを感じた。

――森野サトル、不倫発覚!
――女優の妻、森野リリカが海外ロケで留守中に自宅マンションでお忍び密会!
――相手は新人グラビアアイドル、野々瀬ハナ!
――衝撃LINE流出。暴かれたイクメン俳優のウラの顔!

週刊誌、スポーツ新聞、テレビのワイドショー・・・
頭の中に次々と汚い見出しや言葉がくるくる躍り出し、止まらない。
「サトル?」
肩を揺すられてようやく我に返った。電話を終えたハナが心配そうに僕の顔を見ている。
「大丈夫?」
「大丈夫な訳ないじゃないか!」
つい大声を出してしまった。
最悪だ、最悪のタイミングだ。
来月から僕がメインキャストで出演する連続ドラマが始まる。もう撮影も始まっている。
もし、世間からの大バッシングに屈して降板なんていうことになったら・・・
そうなると、今流れているリリカと共演しているCMも打切りになるかもしれない。ファミリー向けの商品だったから、別居のことは隠していたのに・・・
違約金も発生するに違いない。いったいどれほどになるんだろう。
リリカとの離婚も決定的だ。僕の不倫が原因だとなれば、慰謝料を請求されるかもしれない・・・
悪い想像がさらに悪い想像を呼び、僕は頭を抱えてソファに座り込んだ。

「私との関係がばれると困るってことね。サトルの本当の気持ちが分かったわ。帰る」
ラックにかけていたコートを羽織り、玄関を出ていくハナを僕は見送ることもしなかった。

******

ここはレストラン。テーブルにはいくつもの華やかな料理が並んでいる。 
私はウェイターに注がれた赤ワインの入ったグラスを、風変わりな格好をした向かいの相手に向かって軽く傾ける。店内なのに帽子を深くかぶったままで、さらにサングラスといったいでたち。
もうすっかり大女優気取りね。
人目を避けるつもりでかえって悪目立ちしていることに、本人は気づいていないらしいのがご愛敬か。まあ、どっちでもいいけど。

「乾杯。そして、おめでとう」
「ありがと」
私たちは軽く微笑み合う。
そう。今日は二人の作戦が成功したことの密かな祝勝会なのだ。

私、森野リリカはサトルと離婚して、旧姓を使った水原リリカに芸名を変えた。離婚後も、仕事は変わらず順調だ。

たった半年前。なのに何年も前のことのような気もする。
あの日、サトルが危惧していた通り、ハナは週刊誌のカメラマンに写真を撮られていた。私とはすでに別居中だったとはいえ、自宅に不倫相手を連れ込んだサトルは想像以上のバッシングを浴びた。
さすがに降板にはならなかったものの、サトルが出演していたドラマは悪い評判ばかりが広まり視聴率も低迷。その原因はすべてサトルのせいにされた。私と夫婦共演していたCMもクレームが殺到したらしく、サトルの不倫発覚後しばらくして打ち切られた。
違約金がいくらだったとか、根も葉もないうわさがあちこちで取りざたされたけれど、そのことは事務所にまかせていたから私はよく知らない。ついでに言うなら、最近はまったくメディアの前に姿を見せないサトルが、今どこでどうしているのかも知らない。

記者やリポーターはしばらくの間しつこくサトルを追い回していた。コメントも謝罪会見もしないサトルだけでは話題がもたなかったのか、彼らは離婚届を出した私のところにも何度かやってきた。
そしてもちろん、今私の目の前にいる、ハナのところにも。

その時の様子は何度かテレビのワイドショーで放送された。
私も見た。駆け出しのグラビアアイドルだったハナは、スタジオで撮影を終えて出てきた瞬間を直撃されていた。
突然向けられたテレビカメラとマイクに怯え、ハナは戸惑っていた。次々ぶつけられる質問、カメラのフラッシュに怯えていた。

「申し訳、ありませんでした」
謝罪するハナの声は震えていた。
「私のわがままな恋が、森野サトルさんとリリカさんをひどく傷つけてしまいました」
カメラはハナの大きな瞳に浮かぶ一粒の涙をズームアップした。
その涙が細い筋となり、ハナの頬に流れ落ちる瞬間まで。
「サトルさん、リリカさん・・・本当に、申し訳ありませんでした」
フラッシュを浴びながら深く頭を下げるハナ。

完璧だった。
殊勝な態度も、戸惑いながらも真摯に謝罪するときの表情も、震えながら発した言葉も、涙を流すタイミングも。

それはハナが世間に許された瞬間だった。
そしてハナが芸能界でブレイクした瞬間だった。
その時にハナが着ていたワンピース、持っていた小ぶりのバッグはたちまちブランドが特定され、店舗やネットで即品切れとなった。涙を流しても滲まなかったマスカラが話題になり、アップになっても滑らかだったハナの肌が話題になり、ハナが使っているという化粧品が次々と売れた。

間もなくハナはグラビアアイドルから女優へと転身し、いよいよ次のクールのドラマで私との共演が決まった。

「私、リリカさんにはほんっとうに感謝してるんです!」
ワインが少しまわってきたのだろうか。ハナの口調が少し砕けてきた。
「今度のドラマ、私を出してくれるように監督に話してくれたのは、リリカさんなんでしょ?」
「まあね。でもそれは、『約束』だったから」
「ほんっとに、うまくいきましたよね。リリカさんの作戦。私がサトルさんを誘惑して、不倫現場を週刊誌に撮らせる」
「・・・やすやすと誘惑に乗るサトルも悪いのよ」
「でも週刊誌にリークしたのは、リリカさんじゃないですか」
「ハナちゃん、声が大きい!」
私は慌てて周囲を見回し、唇に人差し指をあててハナの大声を注意した。
ハナは軽く肩をすくめると、ナイフとフォークを手に取り、微笑みながらステーキを切り始めた。

「でも、そのおかげでリリカさんは望み通りに離婚ができて更に慰謝料もゲット。今お付き合いしている実業家のあの人とは、ほとぼりのさめた来年辺りに再婚ですか?」

「・・・・・・!」

「別にそれはいいんです。リリカさんの勝手だから。ただそのことをマスコミに知られたら、リリカさんはどうなるのかなって気になって。サトルさんだって、きっと黙ってないでしょうね」
そう言うと、ハナはソースが滴る肉を口に運び、舌で頬張った。
一口噛むと肉汁とソースが絡み合い口の中が幸せでいっぱい、という顔をしている。

「ねえリリカさん。このお肉、とっても美味しいですよ。早く食べないと、冷めちゃう」

「・・・・・・」

「ねえリリカさん。私、リリカさんと一緒にお仕事ができることを楽しみにしてるんです。これからも、ずっと、ずーっと、よろしくお願いしますね」

その時になって、ようやく私は気づいたのだ。
ハナを利用してサトルにいっぱい食わせたつもりが、私までハナにいっぱい食わされていた、いうことに。

「ねえリリカさん。お代わりちょうだい?
ハナは空になったワイングラスを私に差し出した。

******

ぜひ、他の方の後編を読み比べてみてください。

case1. 戸崎 佐耶佳さん

case2. 百瀬七海さん

case3. 辰巳ろんさん


case5. アセアンそよかぜさん

...and more!お楽しみに。
 
 

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