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ありふれた、でも特別な日 #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう

電車の中は暖房が効いていて、今が冬だということを忘れてしまいそう。
眠気に誘われてうとうとしていた私の足元に、かつん。と何かがぶつかり、その小さな衝撃に驚いて目が覚めた。

・・・ビールの空き缶?

誰かが降り際に忘れて行ったか、置いて行ったものが電車の揺れで転がって、私のところまでやってきたらしい。
迷ったけれど、放っておいたらまたどこかに転がってしまう。
小さくため息。
鬼ごっこの鬼になった気分でその缶を拾い上げた。

さて。
この瞬間から、私は昼間から空の缶ビールを片手に電車に乗っている女になってしまったことに気付く。
いくら今日はクリスマスイブだからって、それはちょっと浮かれ過ぎというもの。
新しく乗ってきたひとが私の前に立つ。
ああやっぱり、私の手元を見ている。
違うんです、誤解なんです。
弁解したい気持ちはやまやまだけれど、聞かれてもいないのに言い訳するのも何だかおかしい。
とりあえずうつむいて、缶を両手で隠すように持ってはみたけれど。

「貸して」
低い声。
同時に右隣りから伸びた手が、私の持っていた空き缶をそっと取り上げた。
「僕が捨てておくよ」
驚いて顔を向けた。グレーのコートを着たサラリーマン風の男のひとと目が合った。

「ありがとうございます。でも」
「僕は次の駅で降りるから」
「でも、私も」
小声で言い合っているうちに電車が駅に着き、何となく連れだって降りる格好になってしまった。
ホームの端のゴミ箱に彼が空き缶を入れるのを見届け、そのまま並んで改札に続く階段に向かう。

「これから仕事?」
「あ、はい。バイトなんですけど」
「そっか。僕はこれからクレーム対応。今から頭下げに行くんだ」
初対面でいきなりそんなことを言われても。
「じゃあ、僕はこっちだから。メリークリスマス!」
気のきいた答えを探しあぐねているうちに、彼は軽く手を上げて、私と反対の方角に歩いて行ってしまった。
・・・ちょっと、かっこいいひとだったな。名前くらい、聞けば良かった。

駅前の広場を通り過ぎる。
いつも停まっている献血バスの前で、
「ただいまAB型が不足しています!ご協力をお願いします!」
拡声器を持ったスタッフが通行人に呼び掛けていた。
「俺AB型だわ」
「私O型だけど、いいかな」
「いいんじゃない?行ってみようか」
通りかかったちょっと派手な格好をした大学生らしいグループが、まるでカラオケボックスに向かうかのように楽しげにバスに近づいていく。

さっきの男のひとといい、みんな優しいな。
クリスマスには、誰もがちょっと心優しいことをしたくなるのかもしれない。
小さな善意に立て続けに出会って、何だか気持ちが丸くなる。

アルバイト先の店に着く。
ここは、今日が一年でいちばん忙しいファーストフードのチェーン店。
すでに店の外にまで行列が伸びている。バックヤードで急いで制服に着替え終わるとすぐカウンターに立った。

「チキン4つください」
お母さんと幼稚園児くらいの男の子の親子連れだった。男の子は指をパーの形にして私の前に広げて見せる。
「かずくん、それだと5つになっちゃう」
お母さんの言葉にかずくんは急いで親指を折る。
「チキン、4つください!」

「かしこまりました」
厨房から出来立てのチキンが入ったボックスを受け取り、ビニールの袋に入れてかずくんに手渡した。
「ありがとう。お姉ちゃん、メリークリスマス!」
会釈するお母さんに手を引かれて、かずくんは店中に笑顔を振りまきながら出ていった。
その様子を見ていたお客さんが、帰り際にまた「メリークリスマス!」と言って去っていく。
チキンを手渡しながら私が「メリークリスマス」、受け取ったお客さんも「メリークリスマス」。
いつのまにか、かずくんのメリークリスマスが店中に広がっていた。

今日一日で、何度この言葉を交わしただろう。
口にするたびに忙しさを忘れる。楽しい気持ちが満ちていく。
閉店時間、売れ残ったチキンがもったいなく二つ買った私に、店長が「今日は頑張ってくれたから」と、さらに二つおまけしてくれた。

昼よりも賑やかさを増した駅前に戻ってきた。
イルミネーションがキラキラ輝いて、歩く人たちもみんな少し浮き足だっているよう。
ギターで弾き語りする男の子の歌がとてもうまくて、カップル達が足を止めて聞き入っている。
歌い終わってペコリと頭を下げた男の子に、観客が拍手とアンコール。男の子はギターを抱えなおして別の曲を歌い始めた。

そうだ。

ふと思い立ち、私は百貨店の方に足を向けた。いつもこのあたりに立ってストリートペーパーを売っているおじさんを探す。
半年前、私が落としたパスケースを拾ってもらってから、ときどきペーパーを買ったり、言葉を交わすようになったおじさん。
今日はひとが多いから、たくさん売れて、忙しくしているかもしれないな。
そう思いながらあたりを見回すと、おじさんのトレードマーク、赤い帽子を見つけた。

「おじさーん!」
声をかけながら駆け寄ると、おじさんはにっこり手を振って応えてくれた。
「これ、よかったらどうぞ。アルバイト先でもらったんだけど、ひとりじゃ食べきれないから」
店長からもらったチキンを二つお裾分け。おじさんの口元がみるみる大きく広がった。

「あれ?君は」
後ろから声をかけられて振り返る。
「あ!お昼の」
お互いに指を差し合った。目の前に、昼間に電車の中で会った男のひとが立っていた。

「偶然だね、バイトは終わったの?」
「はい。そっちも、クレームは収まりましたか?」
おじさんが不思議そうに私たちの顔を交互に見比べている。
「何だ君たち、知り合いだったんだ」
聞くと、彼もこのおじさんの常連客なんだそうだ。

「今日は寒いから、差し入れを持ってきたんだけど」
そう言って彼はカバンから使い捨てカイロのパックを取り出した。
「これはこれは。嬉しいクリスマスプレゼントをありがとう」
カイロを受け取ったおじさんは、私たちに向かって嬉しそうに言った。
「優しいふたりに何かお礼をしないといけないな・・・。そうだ!」

「あ、雪!」
誰かの大きな声を合図に、周りにいたひとたちがいっせいに顔を空に向ける。
私も、彼も顔を上げて空を見た。ひらひらと落ちてくるのは、小さいけれど、確かに雪だった。
「ねえ、よかったら」
雪を見ながら、彼が言った。
「これから一緒に、ごはんでもどうかな?」

行っといで。

すぐ近くで声が聞こえたと思ったけれど、雪に見とれている間に、おじさんの姿が消えていた。

・・・おじさん?

赤い帽子が遠くにちらっと見えたような気がした。単に、トイレにでも行っただけなのかもしれないけれど。

でも、今日はクリスマスだから。
赤い帽子は、もしかしたらサンタクロースの目印だったのかもしれない、なんて。
今日くらいは、そんな奇跡を信じてみても、いいのかな、なんて。

「喜んで」
私は彼に向かって笑いかけた。
「でもその前に、あなたの名前を聞いてもいいですか?」


***


百瀬七海さんのアドベントカレンダーに参加しました。


24日、クリスマスイブを担当させていただいて、超どきどき。
みんなでつないで創り上げたこの1か月。
とても大切な、ステキな思い出になりました。楽しんで書けました。
読んでくださった方にも、楽しんでいただけたなら幸せです。

そして、明日は特別編。
「#2020クリスマスアドベントカレンダー特別編」のハッシュタグをつけて、ぜひあなたの小説を公開してください。
参加詳細は、七海さんのこの記事から。

ではではみなさま、すてきなクリスマスをお過ごしください!

いただいたサポートを使って、他の誰かのもっとステキな記事を応援したいと思います。