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『女らしさは誰のため?』を読んで思う

私は、女って生きづらいなぁと思いながら生きてきました。

私は女性の多い福祉業界だからか、大人になって仕事で女だから損をしたとか、女だから嫌な思いをしたとかはあまりありません。
妊娠出産子育てには割と手厚いし、女だからと叩かれることもなく、女性管理職はうちの職場は少ないけど周りの事業所にはたくさんいます。

それでも。

仕事で女だから嫌だなぁと思うのは、物理的に力がないこと。
パニックになった男性を止めたくても止めきれず、目の前で男性職員が叩かれていても何もできないなぁと歯痒い思いをした時です。

あと、職場で私には子どもがいないから苦く思うこともあります。

「女だったら妊娠して子どもがいるのが当たり前」の感じは嫌です。
今はもうないですが、もう少し若い頃にはお節介なおばちゃんが「女は子どもを産んで一人前」と平気で言ってくるのに唖然としたものです。

私は産休育休は当然取れないのに、フォローをするばかりの人生なのか、と。

今育休を取ったりしている人は、子どもが大きくなったら巡り巡って次世代に還元すればいいので、育休や時短は権利として使えばいいと思います。

だけど、私はその輪の中に入ってないのかなと疎外感があります。

ずっと働いてフォローしてる私。
子どもがいないから仕事ガンガンやってても大丈夫…なのか?

世間一般の女性から外れた私。

そもそも、私は子どもの頃、男の子になりたかったのです。

女の子でいることが嫌だった。

それは、今思えば、私が容姿にコンプレックスがあり、かわいくはなれないから、だったら男の子になろうと思ったのだと思います。
本の中でジェーン・スーさんも言われていましたが、私も体も大きかったのもあり、かわいさではなく、賢さや強さを武器にしようとしていました。

髪を短くして、青い服ばかり着て、乱暴な言葉を使う。

だけど、いつしか、私は男の子ではなく、男の子にはなれないことに気づきます。

しかも、本気で男の子になりたいわけではなく、ただ私という存在を認めてほしかっただけなのです。

高校は元女子校の女子の多い所に行ったものだから、余計コンプレックスがこじれてしまい…

私は、女子しかいない女子校よりも、少人数の男子がいる高校の女子の方が女子度が断然高いと思うんです。
男子の目があり、競争率が高いから。

異性の目を気にしてキラキラ生きている女子。


かわいいこと、女らしいことがステータスのような世界。


だけど、私はそんなかわいい女の子のようにはなれない。

なれないなら、ならなくてもいいのに。
本当は、小説やマンガやアニメの話をして、舞台や同人誌即売会に行きたかった。

なのに、女の子らしい女の子たちと、恋愛の話をしてカラオケに行っていました。

ただ自分を認めてほしいだけなのに。
女の子になろうとしていました。
かわいい女の子になれたら認められる気がしていました。


でも、それは違いました。

私はただ私でいたいんです。

無理に女らしくすることも、無理に女を捨てることも、無理に男のようになることもせず、ただ私が私のまま、思うように生きたいんだと思いました。

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