高校生活という名の理不尽 #2

当時、家で何をどれだけ勉強したか書いて担任に提出する、「学習の記録」というものが存在していました。いかにも自称進学校、という感じです。
さて、こいつが色々な事件のきっかけになります。

そもそもこれを素直に書く人なんていやしません。というのも、平日は家庭学習に最低3時間は費やす。と同時に、睡眠は必ず6時間以上とる。という前提条件がありました。わたしの場合、部活が終わって家に着くのが19:30ごろ、それから食事や入浴をしたら、なんやかんやで21:00くらいにはなります。3時間勉強して24:00、それから寝て6:00に起き、7:25の補習に間に合うよう家を出る。こう書いてみると、できないこともないと思えるかもしれませんが、人間そう上手くはいかないのです。
朝から夕方まで学校で勉強したあと、部活までやって疲れないわけがない、ストレスもそれなりに溜まりますので、勉強していても寝落ちしたり集中が切れたり、色々あります。
けれど3時間は絶対に勉強しないと怒られる、そうなると非常に面倒くさい。

ーーもう、おわかりですね。

「勉強したことにする」のです。

言い換えれば、学習の記録を「盛る」、この魔法がそれはそれは簡単に横行してしまいます。
もともとそこまで頭がいいわけではないですが、本当に記録通り勉強していれば、みんな東大に行けたはずです。というくらい盛っていました。

しかし、この記録は意外と信頼度が高く、クラスごとに1週間の平均学習時間を集計し、ランキングが出されるということがしばしばありました。こんなにも無駄なデータが他にあるでしょうか。
そんなことを考えていたら、やがて「盛る」作業が馬鹿らしく面倒になり、ある日わたしはもう素直に書いてやることにしました。
すると、なぜか副担任を経由して記録が返され、ページを開くと担任の真っ赤な殴り書きで埋め尽くされています。今日いのちが終わるかもしれない。そんなことを考えながら、放課後に呼び出しを食らうのです。

これをボイコットすると本当に何が起こるかわからないので、ひとまず素直に職員室へ呼び出されておきます。担任のデスクに着くと呆れたような声で「なぜ勉強しないのだ」と詰められます。色々と反論してみますが通じません。ここでは、"たくさん"勉強する者が"正しい"のです。というわけで、お腹いっぱいの理不尽をいただいたわたしは、再び「盛る」生活に戻っていきます。

そうして平和に暮らしていたあるとき、それは球技大会の日でした。
授業がないのでいつものカバンを持ってきておらず、学習の記録を家に忘れてきてしまいます。これの何がいけないかというと、どんな日であれ学習の記録は毎日提出する義務がありそれを果たせないという点と、そもそも「忘れ物をする」こと自体が大罪であるという点にあります。ですので忘れた旨を自己申告する、つまり怒られに行く必要があるのです。
朝一に職員室で自首したあと、球技大会の合間合間に呼び出されます。
そしていつものように雷が落ちてーー

わたしは、なんだか悔しくなりました。
なぜ、忘れ物ひとつで人格まで否定されなければならないんだ、なにも生み出さないこの時間に何の意味があるんだ。そんなようなことをぐるぐる考えているうちに目の前がぼやけてきました。
迂闊にも泣いてしまったのです。

すると、先ほどまで妖のような顔をしていた担任が、急ににっこりと笑顔を浮かべわたしの頭をぽんぽんと撫で始めます。そうして、「球技大会がんばれよ」という一言で嵐は去っていきました。
はっ、?
一体なんだったのだ、夢でもみていたのか。
なにも理解できず、仕方なく球技大会に戻りますが、試合は惨敗して特に思い出にも残りません。わたしは球技大会がトラウマになります。

楽しい行事をも駆逐する「学習の記録」。
結局、3年間意味もなく盛りに盛るだけの作業でした。

ーー次回、『国公立大学という理不尽』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?