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スタァライト脚本樋口達人氏によるトークショーレポ(2023/01/13)@シネマシティ

 この記事は、2023年1月13日(金)18:30よりシネマシティ立川aスタジオにて、『少女☆歌劇レヴュースタァライト』TV版1-4話の極音上映ののちに20:00頃から30分ほど行われた脚本家樋口達人氏によるトークショーについてのレポ・感想になります。丸括弧内は注釈や自分の感想です。話を聞きながら殴り書きしたメモを後で復元しているため、一部不正確なところがあると思います。予めご了承ください。より詳細な内容についてはTwitterやブログで上げられている他の舞台創造科の方々のレポも併せてご覧ください。

 このトークショーは1/13〜2/3の毎週金曜日、全4回構成となっており、今回はその第1回となります。
1/13(金):TV版1-4話「舞台少女、武器の名称はいかにして生まれたか」
1/20(金):TV版5-8話「3つの視線で変わるTV版シリーズ構成」
1/27(金):TV版9-12話「終わりの続き。劇場版への線路」
2/3(金):劇場版「『体感する映画』への脚本からのアプローチ」

まず初めに

 樋口さんがトークショーの最後に仰っていた言葉ですが、最初に言っておくべきことだったとのことなのでここで紹介。

(このことは監督をはじめスタァライト関係者の方たちがトークショーを開くたびに仰られています。個人的に、この作品観がとても心に刺さります。この点も含め随所で作品に対して真摯な向き合い方をしてくださる製作陣の皆様に最大限の敬意と感謝を。)

第1回テーマ:
「舞台少女、武器の名称はいかにして生まれたか」

 シネマシティ担当者折原さんと樋口さんのお二人で進行。
 最初に、樋口さんが雨男で劇場版公開日など、イベントの時はほとんど雨が降るというお話をされた。実際この日もTV版の上映中に雨が降り始めた。(調べてみたらなんとこの日東京都心での降雨は21日ぶりで観測史上歴代二位の記録だったらしい。恐るべし雨男パワー)

閑話休題。

「舞台少女」について

 まずテーマのうちの一つ「舞台少女の名称」について。九九組一人一人の名前の由来についてはYouTubeのスタァライトチャンネルに上がっている「劇場版スタァライト打ち上げ大パーティー前夜祭生放送」でたっぷりと語られているので割愛とのこと。
 ここでは「舞台少女」という用語そのものがどのようにして作られたかのお話をしていただいた。

 スタァライトの企画が立ち上がった2015年、当時はブシロードの巨大アイドルコンテンツが隆盛を極めており(ラブライブ?)、これに埋没しない作品を打ち立てる必要があった。そもそもスタァライトは「九人で舞台をやる」というのが企画の原点にあり、最初期のメンバーの1人が樋口さんであった。ちなみに古川監督はその少しあとに参加。

 企画を進めるにあたって、そもそも舞台とは何かについて樋口さんの中で深めることから始まった。
 樋口さんは兵庫の出身で、最寄り路線の終点に宝塚があった。樋口さんが初めて宝塚で観劇したのは5歳のとき。感想は「ただ眩しいと思った」。
大きくなってからは月並みに「舞台は人に希望を与えるもの」と思っていたらしいが、大学時代にそれを覆された(樋口さんは大阪芸術大学卒。ちなみに小泉萌香さんも同じ大学)。
 井上靖やロナルド・D・レイン(精神科医)の『好き?好き?大好き?』といった作品が印象的だった。人間の本質や、何かが欠けた人間がそれを埋めるという行為について考えた。精神科医と患者の会話手段としての演劇、さらにフロイトの演劇論にも触れた。そういったものに触れる中で、舞台の上では、何かが欠けている人が演じることでそれを取り戻すあるいは補完することができる。演劇は一種の治療であるという視点を持つようになった。
それに加えて学生演劇をやっている人が、必死にバイトをして貯めたお金をすべて演劇に費やす姿をみて、演劇はある種狂っている人がやるもの、舞台は人を熱狂させる危険な魅力を備えたものという認識をするようになった。舞台に魅入られた者は文字通り生活を灰にするまで燃やし尽くすのだと。

 これらの経験を踏まえることで、作品を貫く柱が見えてきた。つまり、「熱狂」と「未完成」の性質を併せ持つ存在、「舞台少女」の物語である。

 TV版の制作にとりかかるにあたって、(言い方は悪いが)仲良しこよしの雰囲気では某巨大コンテンツには太刀打ちできないと踏み、すこしダークというか殺伐とした方向性が強まっていった。
 80年代の名作映画『フラッシュダンス』作中の歌、マイケル・センベロの「マニアック」の冒頭の歌詞「In the real-time world no one sees at all. They all say she’s crazy」にもあるように、舞台に懸ける人間はどこか狂っているのだというイメージが漠然とあった。この辺からキリンのセリフ「普通の喜び。女の子の楽しみ。全てを焼き尽くし、遙かなキラめきを目指す。それが『舞台少女』」になっていった。
 この辺の舞台観が古川監督とぴったりはまったことでスタァライトの方向性が決まった。ただのアイドルものにしないこと、殺伐とした感じ、決闘、奪い合い、苛烈な感じは古川監督との化学反応。

 当初は漠然とした敵(コロス)を倒していく感じで話を進めていた。バトルロイヤルになるとキャラクターコンテンツとしては消耗戦になってしまうということでその方針は一度捨てた。でも欠けているものを取り戻す、埋めるとなったときに敵と戦うだけじゃ弱い。九人の外側に話を広げるのではなくて、ベクトルをもっとぐっと内側に向けてやろうということで、歌って踊って奪い合うレヴューの形が生まれた。
 この辺でマイルドな方向に舵を切っていたらキャラクターは今の九人とは全く別のものになっていただろう。これに関しては樋口さんと古川監督の共鳴がなければ今の形にはなっていなかった。
 このレヴューというバトルロイヤル形式は普通なら消耗戦に入ってしまう。すなわち、敗者がいなくなっていき勝者のみが残るという先細りが早い展開。しかし「舞台少女」というキーワードが作品を貫く芯となったおかげもあり、この問題点は舞台とリンクすることで解決された。負けたとしても終わらない、その舞台は一度きり、負けた自分を再生産して新たな舞台少女に生まれ変わる。この概念的要素があったおかげでバトルロイヤルに踏み切れた。結果的にそれがよかった。

「武器の名称」について

・神楽ひかりの武器「Caliculus Bright」(キラめきの蕾)
 舞台少女の武器の名前の発端は、最初は舞台#1のときに武次Pが「『私の元にCaliculus Brightが来た』というセリフをひかりが言いたいそうです」と発したところから。ひかりの武器に名前をつけるなら他の舞台少女の武器にも名前がないと、ということでつけることになった。樋口さん自身はロボものとか男の子が好きそうな必殺技や武器名を付けることはあっても、女の子の武器の名前をつけたことがなかったのでちょっと悩んだとのこと。(樋口さんがシリーズ構成・脚本を手掛けられた『クロスアンジュ』の経験?)考えた結果、武器の名前はキャラのパーソナルなもの、人となりが反映されたものにしようということになった。
 ひかりの武器の名前はCaliculus Bright、すなわちキラめきの蕾。この段階でキラめきの再生産後の武器名が「Blossom Bright」になることは決まっていた。
 ちなみに、ロンドン時代の武器名は「未定」で、今後ロンドン編をやる機会があればそのときに決めるとのこと。
(今後やる可能性はあるってことですか!ジュディ・ナイトレーは何者か、王立演劇学院で受け継がれる戯曲は何なのか、などを知りたいので是非ビジュアルノベルゲームで実装してほしい!お願いします!!)

・愛城華恋の武器「Possibility of Puberty」(思春期の可能性)
 華恋というキャラクターのPOPさもあり、これはPOPでありながら意味は残酷なものにしようということで決まった。頭文字をとるとPOPになるようにつけた。劇場版で折れるところも思春期の終わりという残酷さの表現。

 ちなみに、作った設定はTV版で全て使い切ろうと考えていて、実際ほとんどの設定は出し尽くしたが、唯一武器の名前だけはロロロや劇場版まで残って活かすことになった。

・天堂真矢の武器「Odette the Mavericks」(孤高のオデット)
 小出副監督が真矢様のことを好きすぎる。鳥のモチーフは小出副監督仕込み。鳥がピーッと鳴くのとか笑。魂の器だーとかも。
 小出副監督の意向で白鳥をイメージする単語をつけることに。白鳥の湖の主人公の名前からOdetteをとって、Mavericksは一匹狼、孤高っていう意味でつけた。マーヴェリックは正直『トップガン』を意識した。

・西條クロディーヌの武器「Étincelle de Fierté」(誇り高き火花)
 フランス語で名前をつけたい。でもフランス語わかる人がいないとねーで没になりかける。
 「そういえばフランス語が堪能な方がいらっしゃるみたいですよ」という風の噂。よくよくきいていみたら中村彼方さんだった。いたよ!近くに!フランス語ができる人!ということで彼方さんに監修を丸投げした。このとき彼方さんがいなければ「火花の剣」とかダサい感じになっていた。ちなみに本編でクロちゃんがフランス語を長めに喋るところも彼方さんがいなかったら実現していない。

・露崎まひるの武器「Love Judgement」(愛の審判)
 これはまひるのやや病み感と愛情の重さからすんなり決まった。樋口さんはサッシを柄のついたもので掃除している姿が目に浮かんで、岩田さんがバトントワリングを得意なことを思い出して、叩き潰す感じから、それを活かせる棍棒になった。樋口さんは心の内でまひる棒と呼んでいたが、#1の稽古時に小山さんがこの武器をまひる棒だと言い出して、シンクロニシティ!?になったらしい。

・大場ななの武器「輪/舞」(めぐり/まい)
 以前樋口さんが関わった作品のサブタイトル(『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』)とは関係ない。再演をしているという強烈な設定がまずあった。そんなときに誰かが「ななは二刀流じゃないですか」といった。二文字の漢字を2つに分けるアイデア。これがロロロに繋がるとはこのときは思っていなかった。

・石動双葉の武器「Determinater」(決断者、Determinatorではない)
 香子とふたりでワンセットというのが強かった。このふたりは必ず別れる運命(香子は千華流を継ぐ)だから、別れる決断をする者というニュアンス。ここが別れの一本道。
カワサキのバイク「エリミネーター」っぽい名前にした。
でも映像ではホンダっぽくなっていた。

・花柳香子の武器「水仙花」(すいせんか)
 この名前は香子が襲名することになる千華流「花柳彗仙」のネーミングにも繋がった。
 水仙ということについて、ネット上で花言葉の面から考察してくれているのは拝見した。水仙という植物は根も葉も花も全てが毒。そういうキャラにしたかった。一口食べればお腹を壊すか死ぬか、という触れたら危険の毒々しさ。これはセクシー本堂の毒々しいイメージにも繋がった。

・星見純那の武器「翡翠弓」(ひすいきゅう)
 純那の説明はあえて最後に回した。これだけとても普通でしょ?でもこれには理由があるんですよ。
 舞台#1ではいきなり笑い出したり変なことを言ったり純那は結構トリッキーな役だった。「クラス委員三大〇〇!」とか言っちゃう。それもあって実は「翡翠弓」と書いて「星空射抜く閃光の意志」と読ませる予定だった。「Radiant Seeker」(キラめきを探し求める者)というのもあった。最初はこういう痛いキャラクターだったけど、TV版を詰めていくにあたってややメガネキャラに寄っていったことや1話と2話で華恋やひかりと立ち回る重要な役どころになることもあって、痛い感じは作劇上邪魔だとの判断になり、翡翠弓はそのまま「ひすいきゅう」に落ち着いた。
(ちなみに「星空射抜く閃光の意志」は大事なことなので時間を空けて3回繰り返されました。大事なことなので。樋口さんもこれだけは覚えて帰ってとのことでした笑。)

質問への回答

 武器の説明については以上で終了。ここから事前に館内に設置された質問箱に入っていた質問に返答するタイム。

Q. Caliculus Bright→Blossom Brightのような武器の変化は他の舞台少女でも検討されていたのか、ロンドン時代のひかりの武器名はあるか
A. シチュエーション次第。劇場版では華恋と純那の武器に変化があったが、これは舞台少女が次の駅に向かうにあたっての成長が原因なのだと思う。武器は舞台少女の心理状態を反映するものだから、他の子でも起こりうる。
ちょうど先ほども言ったように、ロンドン時代のひかりの武器の名前は未定。今後ロンドン編を描くことがあればその時考えるかも。

Q. スズダルキャットやミスターホワイト、カニハニワに裏設定はあるのか。
A. スズダルキャットはコードウェイナー・スミスの「スズダル中佐の犯罪と栄光」が由来。ミスターホワイトについては壮大な物語が裏設定としてある。イギリスの諜報機関、多分MI6のスパイ。競演のレヴューでも描かれていたが、ミスターホワイトにも首から下がある。ただし、本当は8頭身(え!?そうなの!?観客からもどよめきが起こっていた)。大きな顔の下に細身の胴体と足がついてる。設定画は古川監督に見せてもらった。
カニハニワはよくわからない。古川監督と小出副監督の中には設定があるのだと思う。この辺は監督案件。

Q. クロちゃんの「華恋がちゃんと〜起きられる日が〜来るなんて〜」の歌に2番はありますか。
A. ぼくこれ歌えるんですよ、と言って生歌披露。実はこの歌はアフレコ現場で相羽さんに振ったらその場で出てきた歌で、2番があるかは相羽案件です!とのこと。カッコよく歌い切ったあとは顔を真っ赤にしてたらしい。(かわいい)

 残念ながらここでお時間。
 トークショーの宣伝になるから、と担当者の方が(半ば強引に)樋口さんのフォトセッションを設けてくださった。樋口さんは最初こそ渋々ながらも、フォトセッション中は輝く笑顔で担当者の方の「右向いてくださーい。左向いてくださーい。センターお願いしまーす」の声に対応していた。
観客からも笑い声が漏れつつ、みんなでパシャパシャ撮っていた。

 最後に次回の告知ということで、来週のトークショーのテーマについてひとこと。
「3つの視線で変わるTV版シリーズ構成」の3つとは
・キラめきを失った舞台少女
・2人にこだわる舞台少女
・みんなにこだわる舞台少女
らしい。(ここは少し聞き逃したのでニュアンスが違うかもしれない)
 拍手で見送られる樋口さん。最後は力強い「また来週!」でトークショーの幕が下りた。

あとがき

 樋口さん、とても興味深いお話をありがとうございました!そして劇場版公開から1年半を超えてなおこのようなイベントを企画してくださるシネマシティさん、それに参加してくださる樋口さん、本当にありがとうございます!
 個人的には(実際に反映されているかはともかくとして)精神分析の文脈がスタァライトの背景にあったことと、ミスターホワイトが8頭身だったことに驚きました。
 そして、トークショーの前に極音上映されたTV版1-4話、素晴らしかった……!先日参加したオーケストラコンサートで生歌唱&生演奏されたこともあり、映画館の、しかもシネマシティが誇る極音音響で聴く『星のダイアローグ』は感無量でした。また、大画面でTV版を見ることで初めて気付けたこともたくさんあり、徹頭徹尾素晴らしい体験をすることができました。
 最後に改めて、樋口さん、シネマシティさん、貴重な体験をありがとうございました!


編集履歴:
1/14 17:35「バトルロイヤル」と「バトルロワイヤル」の混同を修正

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