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#33 雪よ林檎の香のごとくふれ(北原白秋)/林檎のグラニテ

抱きしめられないあの人へ

雪が降りつづいている。
窓をふと見ると、音を奪うように雪が舞っている。

敷石をうっすら雪がおおう。
わたしでは抱きしめられないあの人の背中を想う。
届かない手、届かない息、届かないぬくもり。

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君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香(か)のごとくふれ
北原白秋

美しい歌だ。
「君」とはだいじな人のこと(朝に帰すのだから、夜をともにしたということだろう)。敷石につもった雪をさくさくと踏んで帰る恋人。心から音が奪われる。雪よ、恋人を林檎の香りのように包み込んでくれ。北原白秋、27歳の男心(おごころ)はしみじみと優しい。



歌の背景

実はこの歌、獄中で書かれた(!)。

北原白秋がうたう「君」とは隣家の人妻、松下俊子。この時代は「姦通罪」といって「不倫は文化」どころか犯罪だったのである。俊子の夫から訴えられた白秋は、拘置という憂き目にあう。

つまり、君を「帰す」とき、ふたりはどうにもならない壁にはばまれていたのだ。それを思うと、香りのなき雪にも林檎の香りをのぞむ白秋の気持ちが痛いほど切ない。

白秋が教科書的で品行方正なイメージがあるだけに、「不倫」について顔をしかめる人もいるかもしれない。でも、スキャンダラスな事件を巻き起こして、人気詩人の名も地に堕ちたにもかかわらず、これだけまっすぐに好きな相手を見つめて歌にしたのは、すごいことだと思う。

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歌をイメージし、林檎のグラニテをつくる

舞う雪をながめながら、しんしんと、彼の愛に想いをはせる。歌からイメージするのは、林檎と、花のような清冽な香りのするフェンネルシードをつかったグラニテ(氷菓)。

【材料】
・林檎1個(フジを使用)
・レモン汁 適量
・水100cc
・白ワイン50cc
・砂糖大さじ3(45g) お好みで増やしても
・フェンネルシード ひとつまみ

【作りかた】
①りんごは一口大にカットし、レモン汁をかける(変色防止)
②砂糖をまぶし、しばらく置く。
③水と白ワインを加え、煮汁がなくなるまで弱火で煮る。
④ミキサーやブレンダー、すりこぎなどですりつぶす。
⑤冷凍庫で冷やす(一度取り出してかきまぜるとフワッとなる)

甘い白ワインのコンポート。ふたりのとろりとした甘い時間は、凍らせるとその時間を永遠に閉じ込めたように純度が高いままだ。

りんごの甘さとほんのすこしの酸味がきて、そしてフェンネルシードの花のような香りと苦味がはじけ、すっと溶けていく。

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恋の美しさと真実

釈放されたあと、白秋と俊子は結婚した。そして、一年で離婚している。スキャンダラスな不倫、入獄、結婚からの離婚…現実だけ見ると、雪解けのあとの泥のようだ。でも、歌を背景を知って読みかえしてもなお、「なんと美しい恋心がぎゅっと三十一文字につまっていることか」という感慨は消えない。雪と林檎の、すがすがしい香りがただよう。それもまた、白秋と俊子だけの、そして「あの時だけ」の真実だったのだろう。

作者とおすすめの本

作者についての私的解説
北原白秋(きたはら・はくしゅう 1885−1942)福岡県柳川市出身
童謡作家、詩人、歌人。高校時代から詩をはじめ、早稲田では同じ九州出身の若山牧水(この記事で紹介)と親しみ、新鋭詩人として注目された。

20代のうちに明星派(与謝野晶子ら)、アララギ派(斎藤茂吉ら)、象徴派・耽美主義(パンの会)などなど、いろんな流派にふれている。与謝野鉄幹と旅行したり、森鴎外に歌会に呼ばれたりと、周りの人にかわいがられながら吸収し作品を生み出した。

象徴詩、童謡、枯淡な歌…作風の变化
白秋は童謡のイメージがつきまとうが、その実、作風がかなり変化していて、それぞれに味わい深い。
24歳のとき、耽美的な言葉がきらめく象徴詩『邪宗門』でデビュー。

「室内庭園」(『邪宗門』より。一部抜粋)

晩春(おそはる)の室(むろ)の内(うち)、
暮れなやみ、暮れなやみ、噴水(ふきあげ)の水はしたたる……
そのもとにあまりりす赤くほのめき、
やはらかにちらぼへるヘリオトロオブ。
わかき日のなまめきのそのほめき静(しづ)こころなし。

西洋趣味のある華麗な詩を次々作り、室生犀星ら当時の文学者にほめそやされている。

♪あめあめふれふれかあさんが… ♪この道はいつか来た道…など、今も白秋のイメージを形づくる童謡作品は、鈴木三重吉の勧めで1918年に『赤い鳥』の童謡・児童詩欄を担当したことがきっかけで生み出された。

一方、「落葉松」(大正10年/1921)ではまた別の作風を見せる。

からまつの林を過ぎて
からまつをしみじみと見き
からまつはさびしかりけり
たびゆくはさびしかりけり
からまつの林を出でて
からまつの林に入りぬ
からまつの林に入りて
また細く道はつづけり
世の中よ あはれなりけり
常なけどうれしかりけり
山川に山がはの音
からまつにからまつのかぜ

初期は『邪宗門』『桐の花』など官能的で(発禁になったことも)きらびやかな象徴詩をつくっていたかと思えば、あたたかい郷愁をさそう童謡の傑作を生み出し、「落葉松」のようにしみじみとした自然の寂寥をうたいあげる―人生においてさまざまな世界をつくりあげた「言葉の魔術師」なのだ。

言葉の一つ一つはかの黒の朱のてんとう虫の如く、羽立てて鳴る。
微かに鳴る。言葉の一つ一つは凡てが生ける言霊である。
生物である。
北原白秋『芸術の円光』(1938)より

やさしく笑っていなさる白秋先生
最後に、詩人まど・みちおさんが晩年の白秋を書いた「虹―白秋先生を想う」という詩がとてもいいので紹介。

お目を病まれて
おひとり、
お目をつむって
いなさる

心のとおくに
虹など、
いちんち眺めて
いなさる

「虹が出てますよ、先生」と呼ぶ人の声に答え、

見ているのだよ と
おひとり
やさしく 笑って
いなさる

しみじみ、いい。

晩年、糖尿病で失明した白秋の、ひだまりのような佇まいがしのばれる詩。まどさんが25歳のころ、白秋のかかわる雑誌「コドモノクニ」に応募した詩が白秋の目にとまり、特選になったのがきっかけで交流がはじまった。

童謡のイメージとは裏腹の「破天荒な」若い頃のエピソードが取りざたされがちだけど、まど・みちおさんの詩のなかの姿が真の彼なんだろうな。心のとおくに虹をながめる人。

ちなみに、北原白秋生家がある福岡の柳川は明光風靡な川の町なので、福岡にお越しの際はぜひ!

おすすめの本

白秋のたぐいまれなる語彙の豊かさ。『言海』(国語学者の大槻文彦が編纂した国語辞典)を持ち歩いていたそう。



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