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ものがたりの生まれた町を歩く(大分県佐伯市・国木田独歩『春の鳥』)

汗ばむ夏の午後。

「山道のほうが凉しかですよ」やさしい笑顔に見送られ、わたしはせっせと山道を歩いていた。
たしかに、さわさわと高いところで揺れる木々のおかげで凉しい。

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ここは取材で来た大分県・佐伯(さいき)市。緑あふれる城下町だ。

国木田独歩の息吹。

取材前日にすこし時間があったので町をぶらぶらしていたら、国木田独歩館があった。国木田独歩は明治の小説家・詩人。『武蔵野』という「おさんぽ大好きエッセイ」を書いた人で、マダム御用達雑誌『婦人画報』を作った人。

関東の人じゃなかったっけ?と思ったら、佐伯市に教師として1年弱滞在していたらしく、居候先の家老屋敷が文学館となっていた。

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趣のあるお屋敷!

文学館に入ってみると、独歩が過ごした2階の窓からは青々とした紅葉がきらきら。しずかな気持ちになる場所。欄干から身を乗り出せば、すぐ裏が「城山(しろやま)」という山。

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独歩は佐伯に来た翌日に城山に登り、気に入ったらしく、しょっちゅう登ってたみたい。詩も残している。

佐伯の春、まづ城山に来たり、夏まづ城山に来たり、秋また早く城山に来たり、冬はうど寒き風の音をまづ城山の林に聞くなり。佐伯寂たる時、佐伯寂たり。城山鳴る時、佐伯鳴る。佐伯は城山のものなればなり。
《国木田独歩「豊後国佐伯」一部抜粋》

なお、佐伯市のマンホールにも、独歩の歌が刻まれている。

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また、小説『春の鳥』は城山が舞台。(青空文庫で読めます)

独歩のお気に入り、「城山」が気になる。

受付の60代くらいの女性に「城山って、サクッと登れます?」と聞いたら、やさしい笑顔で「わたしは15分で登るけど、早いほうね」。
城山"マウンティング"が微笑ましい。

というわけで(?)まったく予期していなかったけど山に登ることに。

いざ、城山

登山道に行くまでの道すがら、高校生や小学生が「こんにちは」と声をかけてくれることに驚きながら山へ。

「善意の杖」(パワーワード)にありがたくおすがりして、どんどん登る。

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シニアも、子連れの人も、みんなお散歩感覚で上り下り。エニータイム、城山。

独歩の小説『春の鳥』もまた、城山の描写からはじまる。

今より六七年前、私はある地方に英語と数学の教師をしていたことがございます。その町に城山というのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつもこの山に登りました。 
『春の鳥』冒頭

「大木」と言われるように木々の梢が高いことに驚く。後で地元の人に聞くと、400年くらい伐採せずに守られてきた木々なのだとか。
(イワシの収益がよかったので、海を守るため山を守るという考え)

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歩いて20分、山道は凉しいとはいえビッシリ汗をかきかき頂上へ。
頂上からは、佐伯市が一望できた。吹き抜ける風が涼しくて心地よい。
冷たい因尾茶(いんびちゃ)をゴクゴク。

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石垣に足をプラプラさせ一息つきながら、しばし独歩のことを考えた。

独歩が佐伯市で教師になったのは、彼の貧窮を見かねた徳富蘇峰の推薦らしい。
見ず知らずの土地に仕事で赴任して、そこにある自然に心慰められるのはわかる気がする。四季の変化も「ああここに来て新しい季節が巡ってきた」と、しみじみ感慨深い。

文学館にあった佐伯に赴いてすぐの手紙にはこうある。

わたくしは以前は教師の職を好まず、仕方なく教師になりここに至ったために、気持ちの上では何となく自由であり、ただまっしぐらにこの教師という職業につくすほかありません。(独歩書簡より)

けっこう驚く。「仕方なく教師に」なった「から」気持ちの上で自由 、とは。このあたり、独歩の精神世界を感じるのであった。

似たような境遇にあっても「辛さ」を感じる人もいれば「自由」を感じる人もいるのだ。

鳥になった六さんと、独歩のこと。

城山の頂上はひらけていて、まちを一望すると空を飛べそうな気がする。

さて、小説『春の鳥』では、重度の知的障害を持った「六さん(六蔵)」という子どもが出てくる。独歩と思しき主人公が、六さんに教育をほどこそうと骨を折るが、なかなかうまくいかない(このあたりの描写、リアル)。
でもある日、城山の天守台で六さんが歌うのを聞いて「天使だ」と思う。

落葉を踏んで頂に達し、例の天主台の下までゆくと、寂々として満山声なきうちに、何者か優しい声で歌うのが聞こえます、見ると天主台の石垣の角に、六蔵が馬乗りにまたがって、両足をふらふら動かしながら、目を遠く放って俗歌を歌っているのでした。空の色、日の光、古い城あと、そして少年、まるで絵です。少年は天使です。この時私の目には、六蔵が白痴とはどうしても見えませんでした。白痴と天使、なんという哀れな対照でしょう。しかし私はこの時、白痴ながらも少年はやはり自然の子であるかと、つくづく感じました。
国木田独歩『春の鳥』(※独歩はキリスト教信者であった)

そして六さんは、(おそらく)鳥の真似をしようとして天守台から落下死してしまう。

たしかに、山から見下ろすこの眺めは、飛んでいけそうな気がする。
「自然の子」であり自然に帰った六さんのことを思うと胸がつまった。

独歩は佐伯に赴任してすぐ教頭のポジションについて高給をもらい、「明治のエリート」ではあるんだけど「春の鳥」みたいな作品を書くあたりの魂のしずけさに驚く(わたしだったら「知らない土地でも全然いけるじゃん♫」と調子乗る気がする)。

独歩は、城山を通して自然と人とを見つめた。
目の前のこども(六さんには実際にモデルがいたとのこと)を通して人の心を見つめた。
曇っていない、といえばいいのか…。しずかで、透徹している。

佐伯のすなおでやさしい人たち

山道を歩いて子どもたちとすれちがうと、なんとなくそのあたりもわかる気がした。本気でビックリしたんだけど、子どもたちが見ず知らずのわたしにもあいさつしてくれる。

翌日に取材した方は、佐伯で3歳の男の子がじぶんに手をふってくれるのを見て「こんなにやさしい子が育つのならば」と佐伯市への移住を決めたらしい。さもありなむ。城山の自然を闊歩し、純真なこどもたちに佐伯でふれあったことは、独歩の心の部分をかなり占めていそうだな、と思う。(下宿先の娘さんによると、独歩は子供好きだったそうだ)

たった二日間の滞在だけど、ふれあった町の人たちがなんというか、大人も純で明るい。わたしが(半ばノリで)城山に登ったというだけで、「うれしい」と何人に言われたことか。旅先の心がほぐれる。人のありかたがかわいいな、と思った。年配の人を「◯◯兄(にい)」と呼ぶ風習も、人懐っこい佐伯のキャラクタリシティの一つだ。


至るところでやさしくしてもらって、佐伯が好きになりました。

文学の生まれた町はいいな

半日を独歩の「目」を得て、まちを歩く。
独歩のいた明治時代の、息吹を感じる。独歩のこころに思いをはせる。

そうすると、わたしが歩いた町はただの町ではなく、
出会った光景がすべて心に深く刻まれる。

文学が生まれた町はいいな。
土地のパワーに触れる思いがする。

佐伯は日本3大文庫のあったところで、文化度も高く、歴史もあって素敵な町だった。

あとがき:わすれちゃいけない「食」のこと。

魚も鶏もなんでもかんでもおいしかった佐伯。くぅ、いいとこだらけかよ…。

■つね三(惜しまれつつ閉店したようです)

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佐伯の名物「ごまだしうどん」。エソという魚のすり身に醤油とミリンを混ぜた「ごまだし」を溶かしながらいただきます。これは!香り高くてコクがあり、メチャクチャおいしい。セットのアジ・うにのお寿司もとろける美味しさ!さすが豊後水道。推せる・・・。ご主人もややツンデレでひょうきんで推せる・・・。

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■とり富
赤鶏の炭火焼き、やわらかジューシーでとんでもなかった。
鶏のタタキとレバーもとんでもなかった。異次元のウマさなのに安いとはこれいかに…。

■Coffee 5
とつぜんあらわれたオシャなカフェはゴウさんがやってるCoffee 5!
カフェオレ氷菓がふわとろの氷にしっかりミルクとコーヒーがからみあって至福の味でした。青々とした緑にかこまれた店内も素敵。

■糀屋本店
塩麹ブームを巻き起こしたのが佐伯で330年つづく糀屋本店さん。
この季節は氷甘酒が最高!甘酒が苦手な同行者も「おいしい」と感激していました。

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写真はないんだけど、取材で訪ねた畑に生えていたニラ、生でかじったんだけどめちゃくちゃおいしかった…。フルーティで甘い。とまらなかった。生のニラがとまらないってある?佐伯のポテンシャルが恐ろしか…

そのほかおすすめスポット

■投げ銭ゲストハウス/コワーキングスペース さんかくワサビ
地域おこし協力隊として佐伯市にやってきたなかむらかずみさんの宿。
かずみさんのお人柄なのか、なんだか、ここちよ〜い、ゆる〜い空気が流れてて。
野球部の子たちがごはんを食べにきて、小さい子と一緒に遊んでたり。
うっかり延泊したくなります。犬ののび太も超かわいい。

■根木青紅堂(ねぎせいこうどう)
素敵な本屋さん。
チョイスもいいんだけど、店内のあかるい雰囲気とか、カフェコーナーがあって、いい。
教科書販売もされているそうで、麦茶を教科書にこぼして買いに来た男子学生がやさしく叱られていて、それもいい。
もうすぐ100年になる本屋さんだそうです。しばし時を忘れました。


そのお気持ちだけでもほんとうに飛び上がりたいほどうれしいです!サポートいただけましたら、食材費や詩を旅するプロジェクトに使わせていただきたいと思います。どんな詩を読みたいかお知らせいただければ詩をセレクトします☺️