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甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実  中村計 【読書感想文】


ドラマの主人公は一人ではありません。
一人一人がみな主人公なのです。
松井秀喜5連続敬遠というドラマをそれぞれの視点で紐解きたいと思います。


①「5打席連続敬遠をされた男」の誕生ドラマ


1992年夏の甲子園、星陵(石川県代表)VS明徳義塾(高知県代表)。
「怪物」松井秀喜。5打席連続敬遠という作戦を遂行した明徳義塾。
結果3-2で明徳義塾は勝利し。
松井秀喜は1度もバットを振ることなく甲子園を後にしました。
そういうドラマです。

「高校生なら高校生らしく勝負しろ!」とか
「それも作戦だ!」とか。
世論を半分に分けての喧々諤々ありました。

結果、松井秀喜は「5打席連続敬遠をされた男」としての箔をつけ、まさに怪物の誕生と。
読売巨人軍、ヤンキーズとスーパースターの道を突き進むのであります。

さてさて。
このドラマはけして松井秀喜だけでは成り立ちません。
視点を変えれば、それぞれが主人公のドラマなのです。

②もう一人の主人公 馬淵監督の場合


先ずは馬淵監督に注目してみましょう。
この試合でしばらくヒールとなりましたが、
甲子園の常連チームで甲子園春夏通算51勝を挙げ、歴代監督では4位タイ。
2002年夏には優勝をしています。
名監督の中の名監督です。
その馬淵監督。
「なぜ、松井を5打席敬遠という作戦を取ったのか?」という問いには
「確率の問題です」と実にクールです。
その後の取材でも
「再度、松井と対決する機会があれば。自信を持って再度、連続敬遠をやる。」
「勝たなきゃ意味がない」
と言いきっています。
策士ですね。
星陵はピッチャーで3番の山口。そして4番松井。その2枚看板のチーム。
その二人さえ抑えれば。勝てる。
勝負を避ければ。勝てる。
そして、その通り3対2で勝利をしている。

みなさんはどう思いますか?
僕は、もう完全に監督に同意です。
それでいいと思うのです。
「1対1の勝負だ!」とか。
「高校生らしく」とか。
「男だろ!」とか。
そんなくだらない自分満足は止めてくれ。。。と僕は思うタイプです。
あくまでも野球はチームプレーです。
敬遠は立派な作戦です。
なによりそれで見事に勝利を掴んでいる。
松井以降の5番6番7番の弱点をしっかり調べて指示している。
なんの文句があると言うのでしょうか。
僕にはこの作戦を非難する気持ちが分かりません。


③もう一人の主人公 明徳義塾ピッチャー河野くんの場合

さて次は明徳義塾ピッチャー河野くん。
5打席連続敬遠の指示にに河野くんは1ミリも反抗しません。
「勝負させてくれ!」なんて微塵も考えず、しっかりと敬遠し、しっかりと後続を絶ちます。
彼は背番号8をつけています。
つまり本職は外野手です。
この年、エースピッチャーが怪我で。5人のピッチャーをベンチ入りさせて、エース不在の投手陣を、全員で回してしのいでここまで来たチームです。
河野くん。自分自信でも「俺のピッチングが松井に通用するわけがない」とはじめから思っています。
ともしたら「全部敬遠」の指示は渡りに船だったのかもしれません。
なにせ本職は外野手です。
現に河野君は、大学で外野手としてその打撃に磨きをかけます。
阿部(巨人)、井口(ロッテ)、今岡(阪神)そんな同期のそうそうたる選手にも劣らない打撃成績を残しています。
残念ながらドラフトにかからず。
テスト入団に4チーム挑んだけど合格せず。
アメリカの独立リーグにもチャレンジしています。
「松井に5連続敬遠」をしたピッチャーは、実は立派な凄いバッターだったんです。
だから、その本文から読むに、僕らが思うほど、そのバッシングに心を痛めていないような気がします。
「僕はバッターだから。」そんな割り切りがこのドラマを生んだのでしょう。


④もう一人の主人公 星陵高校5番バッター月岩くんの場合

そしてもう一人注目したい陰の主役がいます。
星陵高校5番バッター月岩くんです。
全打席、目の前で松井を敬遠されます。
当然、全打席がチャンスです。
ところが、結果は、スクイズを1回成功。
他の4打席凡退で終わったのです。
最も心を痛めているのは、松井でも河野投手でもなく、月岩くんかもしれません。
月岩くんは予選大会では4割を超す成績を残しています。
3番山口、4番松井は抜きんでているものの。月岩くんも立派な5番打者です。
ところが、月岩くん。
松井の後日談ですが「月岩はお調子者。いい時はすごくいいけど。ダメだととことんダメ。」
という性格だったらしく。
プレッシャーでその力を発揮できなかった。
という事が真実のようです。
高校野球って、こういうところが実に面白いですね。
プロ野球にはない。漫画でも描けないドラマが高校野球には時として起こります。
月岩くんの心境はどんなだったのでしょう。

月岩くんの面白い回想インタビューが載っていました。

松井がメジャーに行った時。最初の打席で、前のバッターが敬遠されたんです。
僕と同じ状況じゃないですか。少しは僕の気持ちを知れ!と思ったんです。
でも結果は松井はホームランです。
それがヤンキースタジアムデビュー戦での初ホームランです。

もう笑うしかないですよね。
生まれながらのスーパースターとはこういうものですね。


⑤松井敬遠の記録です。

1回表 0対0 2死三塁 
3回表 0対2 1死二、三塁
5回表 1対3 1死一塁
7回表 2対3 2死無走者
9回表 2対3 2死三塁

いずれも松井敬遠です。

せめて7回の2死ランナーなし。勝負しろよ!という人が多くいるようですが。
僕なら絶対に勝負しませんね。一発で同点です。同点にされたら確実に負けます。
高校野球ってそういうものですからね。
松井秀樹5打席連続敬遠。素晴らしい作戦だと思います。


⑥正義を振り回す奴はろくなもんじゃない

それにしても試合後の「帰れコール」や
その後もかなりの脅迫があったようです。
もうホント、こういうの止めてあげてほしいものです。
自分の正義を振り回す集団心理は今も昔も同じですね。
悲しいですね。

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