見出し画像

ミヒャエル・エンデ『モモ』(6)灰色の紳士とモモが出会う。そしてデモ行進

モモの前に灰色の葉巻を吸った、灰色のぼうしをかぶった紳士が現れました。

「きみのもってる人形はすごいね!」

それはビビガール、完全無欠なお人形のことでした。灰色の男はモモに、お人形用の洋服やハンドバッグ、化粧品、香水の瓶などを次々に渡しました。

「わかったかね、かんたんなことなんだよ。つぎからつぎといろんなものを買ってくれば、たいくつなんてしないですむ。」

しかし、お人形の付属品がぜんぶそろってしまったらどうでしょう?

「これはビビボーイだよ! この人形にもやっぱり、たくさん、たくさんの付属品がある。」
「これでわかっただろう。もうけっしてたいくつするなんてことはいらないんだ。いくらでも新しいものがあるんだから。」

そして、この「すてきなものをぜんぶ」モモにあげようと灰色の男は言うのでした。

モモはぼんやりとながらも、じぶんがあるたたかいに直面している、いや、すでにたたかいのなかにまきこまれている、と感じました。けれどもそれがなんのたたかいなのか、だれにたいするたたかいなのかは、わかりません。

モモは、この人形はすきになれないけれど、「あたしの友だちなら、あたしはすきよ。」と言いました。

灰色の紳士は、まるできゅうに歯でも痛みだしたように、顔をゆがめました。しかし、気を取り直します。

「人生でだいじなことはひとつしかない。」
「それは、なにかに成功すること、ひとかどのものになること、たくさんのものを手に入れることだ。」

この話を聞くうちに、モモはジジとベッポが言っていた「時間の節約」や「伝染病」という言葉を思い出しました。

モモは、こわがっちゃいけないとじぶんに言いきかせました。そしてありったけの力と勇気をふるいおこして、灰色の紳士の心がひそんでいる手ごたえのないやみのなかに、まっしぐらに入ってゆきました。
「それじゃ、あんたのことがすきな人は、ひとりもないの?」と、ささやき声でききました。

そのとき、灰色の紳士はがっくりとしてつい秘密を話し始めてしまいます。

「きみみたいな人間がもっとたくさんいたら、われわれの時間貯蓄銀行はすぐにつぶれちゃって、われわれじしんも消えてしまう」
「われわれは正体をかくしておかなくてはならないんだ。」
「人間が節約した時間は、人間の手にはのこらない……われわれがうばってしまうのだ」
「きみたちの時間をとことんまでしゃぶりつくすのだ」

男はなぜかこれらをしゃべってしまい、それから、あえぎ苦しみ、「わすれてくれ!」と叫んで車で消えていなくなりました。

この後、モモはジジとベッポにこの出来事を話しました。モモは話を忘れてはいませんでした。

ベッポは慎重に考えようとしますが、お調子者のジジは、町の子どもたちを集めて作戦会議をはじめます。

「では、どうしたらいいか? 子どもたちでデモ行進をするんだ!」

これがジジの提案でした。

灰色の男たちは「ひみつ」を持っているのだから、それを町じゅうに知らせてしまえば、活動できなくなると思ったのです。

こうして、デモ行進がはじまりました。

みんな聞いとくれ、
ぼくらの言うことを。
一刻のゆうよもならないぞ、
さあ目をさまして、気をつけろ、
時間をぬすみに、やつらがくる。

最後は数千人の子どもたちが、加わり列をなして練り歩きました。そして、町はずれの円形劇場でやる集会へ来てほしい、と呼びかけました。

ところが、

きてほしかった町の人はひとりもあらわれませんでした。
「どうしようもないな。おとななんて、あてにすることはないんだ。これでよくわかったもんな。おれはいままでだって、おとなを信用しちゃいなかったんだけど、こんごはもうぜったいにあいてにしてやるもんか。」

こう言うとフランコもかえってゆき、ほかの子もそれにつづきました。

ジジの計画は失敗におわりました。



詩の図書館の運営に当てます。応援いただけると幸いです。すぐれた本、心に届く言葉を探します。