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岡本敏子と岡本太郎、ふたりの『愛する言葉』

岡本太郎はとくに「太陽の塔」で有名な芸術家です。その妻として、また秘書として太郎の人生に50年間伴走したのが岡本敏子でした。

この記事で紹介するのは『愛する言葉』という本です。この本は、ふたりの著作やインタビューから、素敵な言葉を集めたアンソロジーです。ちなみに、ふたりの甥っ子が編集を務めています。

目次より前の「扉」にある言葉はこうです。

好きな人がいたら、
真っ直ぐに見つめること。

真っ直ぐな情熱に貫かれた本です。

見開きごとに、ふたりの言葉や写真が並ぶのですが、敏子さんの言葉の方が数が多いです。本ではふたりの言葉を青と赤で色分けしていますが、引用では「(敏子)」「(太郎)」と書きます。

賭けなきゃ。
自分を投げ出さなきゃ、
恋愛なんて始まらないじゃない。(敏子)

いいじゃない、傷ついたって
楽しかろうと苦しかろうと、
それが人生なんだもの。(敏子)

「傷つく」「苦しむ」ことも素晴らしい人生のうち。敏子は秘書でしたから、岡本太郎の爆発するような芸術活動にもずっと寄り添っていました。

究極の優しさは、
いのちを預けること。(敏子)

優しさについてのきまり文句を超えて訴える言葉です。

自分を大事にして、
傷つきたくない、
そう思うから不安になるんだよ。(太郎)

この言葉は恋愛のみならず、仕事や人間関係についても言っているように思えます。

恋愛だって芸術だって、おなじだ。
一体なんだ。
全身をぶつけること。
そこに素晴らしさがある。(太郎)

日和った、嘘のものを交えない純粋さです。

ぼくの場合、
愛はすべて闘いだった。(太郎)

恋愛も、仕事への愛も、美への愛もみな、精神の格闘や葛藤の向こうにあったのだと思われます。

女には、
生まれつき筋をつらぬく面がある。
男よりずっとしっかりしているよ。(太郎)

筋肉をむき出しにしてのみを打つ(彫刻する)太郎の写真のあとに、この言葉があります。

「筋をつらぬく」のは男の美学のように語られていた時代があると思いますが、「生まれつき」女の方が筋をつらぬく面がある、というのは太郎の洞察と眼力です。

太郎さんに好きだって言われたことなんか一度もなかった。
言われなきゃわからないようじゃ、
はじめからやめちまった方がいいわよ。(敏子)

「愛している」とも言われたことがない、と敏子は言っています。おしゃれな飲み物を片手に、口説き文句を楽しむ男女とは全然ちがいます。

なによりも、いまが大事なのよ。
いま、この瞬間に全存在がパッと輝くの。(敏子)

敏子さんの写真はみな、颯爽とした笑顔か、決意のようなものを感じさせる表情をしています。

「ああ、それは素敵ね。やれば。
私は見ている。あなたがやるのを、
見たいわ」と言って、にこっとしてほしい。
それによって、男は雄々しく、
健やかになるのよ。(敏子)

太郎も、常に敏子に対して肯定的で、励ましていたようです。お互いに「いいね、それやってごらんよ。すごいよ!」と言い合う仲だったのでしょう。

"愛"の前で自分の損得を考えること自体
ナンセンスだ。
そんな男は女を愛する資格はない。(太郎)

恋愛っていうのは必ず片思いなのね。(敏子)

あわせて読むと切ないです。

自分は自分で立っていること。
そうでないと、いつまでたっても
その恋愛はむなしいままね。(敏子)

ふたりが揃っている写真を見ると、どれも寄り添い合う愛情を感じさせますが、同時に、ふたりが別々の独立した大人として立っていることも感じます。そこにきっちりと距離があるように見えるのです。

結局、依存し合うとか「誰かにもたれかからないと生きていけない」男女は、「むなしい」恋愛に走るということかもしれません。

愛をうまく告白しようとか、
自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、
構える必要はない。
きみの身体全体が愛の告白なのだ。(太郎)

頭で考えて知に走っていては、できないことです。

「恋なんて若気の至りだ」とか
「いまさら、そんな」とか。
なぜ?
八十や九十になって、
若気の至りをやってはいけないの?(敏子)

ちょっと西洋の、とくにフランスの恋愛文化を思わせる言葉です。太郎はバタイユらフランスの思想家とも親交がありました。

相手に向かって真っ直ぐに突き進む。
永遠の若さは足元にあるのよ。(敏子)

どんな人間であろうと、
ひたむきに、
いまを生きている姿は
切なく美しい。(敏子)

本書全体に、太郎の言葉が少ないのは、彼が寡黙な日本男児だったからかもしれません。敏子はその分も、愛嬌たっぷりに、そして心の奥底から言葉を紡いだのでしょう。

敏子の奔走、活躍により、岡本太郎の死後もその功績は講演や記念館という形で遺されて今に至ります。


『愛する言葉』岡本太郎、岡本敏子著、平野暁臣編、イースト・プレス、2006





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