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ミヒャエル・エンデ『モモ』(9)時間のみなもとへ

マイスター・ホラの腕に抱かれて、モモは「時間のみなもと」に着きました。

金色のうすあかりが、モモをつつんでいました。

純金の丸天井から、光の柱がまっすぐに下りていました。そこにはくろぐろとした丸い池がありました。

大きな振り子が、ぶらさがってもいないようでしたが、池のおもてをゆっくりと揺れています。

この星の振子(ふりこ)はいまゆっくりと池のへりに近づいてきました。するとそこのくらい水面から、大きな花のつぼみがすうっとのびて出てきました。
やがてすっかりひらいた花が水のおもてにうかびました。
それはモモがいちども見たことのないほど、うつくしい花でした。

振り子が逸れていくと、花はしぼみ、散って暗い水底に沈んでいきます。しかし、また池のべつのところに花が、咲きます。

どの花も、においも色も異なっているようでした。つぼみが開くたびに、

これほどうつくしい花があろうかと、モモには思えました。

その時、モモはもうひとつのことに気がつきました。

丸天井から射し込む光の柱は、音も持っているのでした。

たえずたがいに入りまじりながら新しくひびきをととのえあい、音を変え、たえまなく新しいハーモニーをつくりだしています。
まえによく、きらめく星空の下でしずけさにじっと耳をかたむけていたとき、はるかかなたからひそやかに聞こえてきた音楽が、これだったのです。

ところが、それだけでもありません。音楽というより、

ひとつひとつの声が聞きわけられるようになってきました。

それは人間の声ではなく、金や銀の、金属のような声でした。

太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、じぶんたちそれぞれのほんとうの名前をつげていることばでした。
そしてそれらの名前こそ、ここの<時間の花>のひとつひとつを誕生させ、ふたたび消えさらせるために、星々がなにをしているのか、

そういうことが、みんなモモにはわかってきました。そして、ついに気がつくのです。

そのとき、とつぜんモモはさとりました。
これらのことばはすべて、じぶんにかたりかけられたものなのです!

気が遠くなるような思いの果てに、モモはホラのところへ戻ってきました。

「でも、あたしの行ってきたところは、いったいなんなの?」
「おまえじしんの心のなかだ。」マイスター・ホラはそう言って、モモのもしゃもしゃの髪をやさしくなでました。


『モモ』ミヒャエル・エンデ著、大島かおり訳、岩波少年文庫、2005



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