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『ギーターンジャリ(歌の捧げもの)』タゴールの詩(5)旅立ちの歌

インドの詩人、タゴールの詩を紹介するシリーズ。5回目は旅を思う歌を集めました。

歓喜(よろこび)の海路(うみぢ)より
 今日 寄する沖つ波
皆人よ 今 櫂(かい)取りて 漕ぎ出(い)でな
 皆人よ 出で立たな
浄く真白き帆に孕(はら)む
美(うま)し微風(そよかぜ)
後方(しりへ)に騒ぐ波の音
 高鳴る大空
面(おも)に さし来る 朝日影

船出の情景です。

遠方(をちかた)に 眼を見開きて
 ただ われ 憧憬(あくが)る
 わが生命 荒らぶる風に
  泣き迷(まど)ふ
わが身 一人を 何すれぞ
 門(かど)に 立たすや

憧れのあまりに旅立とうとしています。

高慢(たかぶり)を 捨てかねつつ
担ひもち 漂(さまよ)ひ歩く
捨てなば 安からましに──

誇ろうとするほどに、かえって不安が募ります。

夜更けて 音なき宮居に
 君の祭りあり
暁(あかつき)の虚空(そら)に満つ
琴の音(ね) 黄金(こがね)と響くとき
われを 去らすな
 この願ひ 聴(ゆる)しませ

神の寺院に詣でる詩人は、呼びかけられて歌を唄い、立ち去らせないでほしいと願います。

旅人よ 今日 わが
 生命(いのち)に 遍(あまね)く
歓喜(よろこび) 時なしに
 踊り 慄(わなな)くか

これは旅人に身をやつした神の訪れを待っているのでしょう。

今日 秋に いづれの 客人(まろうど)
 わが門(かど)に 来たるか
歓喜(よろこび)の歌を唄へ 心よ
 歓喜(よろこび)の歌を
蒼天(あをぞら)の 声なき語り
露けき悩ましさ
鳴り渡れ 今 君の
 琴の調べに

客人として訪れる神を歌で迎えようとしています。

これは、折口信夫(おりぐち しのぶ)の「まれびと」を思い起こさせます。日本の村に来るよそ者は「まれびと」(稀な人)であり、神のように遇(ぐう)されると折口は論じています。


『タゴール詩集 ギーターンジャリ』渡辺照宏訳 岩波文庫


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